憑代の柩

菱沼あゆ

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偽りの婚約者

お前だ

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 玄関先で靴を履くために、少し腰を屈めた衛のつむじを見た。

 柔らかそうな髪に巻かれたそれは、頭の真ん中あたりにある。 

 頭を上げようとした衛は、いきなりそれを押さえられ、

「なんなんだっ」
と叫んだ。

「ああ、いえ。
 すみません。

 何かこう、気になるつむじだったんで」

「僕のつむじにダイイングメッセージでも書いてあったか!?」

 そんな怒らなくても、と思いながら、衛を見送る。

「じゃあ」
と手を振ると、振り返り、

「いいから、早く戸を閉めろ」
と言った。

「誰かが訪ねてきたら、開けずに電話しろ」

「新聞の勧誘でもですか」

 そうだ、と言うと、それぎり振り返りもせず、階段を下りていってしまう。

 閉めろと言われた戸を開けたまま、衛の足音が消えていくのを聞いていた。

「過保護な親みたいだなあ」
とノブを掴んだまま、彼の頭の消えた階段の暗闇を見つめ、呟く。



 夜中。

 喉が苦しくて目が覚めた。

 胸も重い。

 薄目を開けると、誰かが自分の上に端座していた。

 またか。

 その霊はまたも、ぐいぐいと首を締め付けてくる。

 息苦しさに顔を歪めながら、やっぱり、佐野あづさの姿をして、あづさのベッドに寝ているからだろうかと思う。

 霊にお人違いですよ、と言って通じるものだろうか、などと考えていたとき、その霊と目があった。



「お前だ……。

 見つけた。
 お前だ――」

 そう霊は言った。
 


 うわっ。
 くっきり痕ついてるし。

 ほんとは霊じゃないんじゃなかろうか、と思いながら、朝日の中、鏡に首を映してみる。

 ついでに、廊下の隅に向かい、話しかけた。

「ねえ、あの霊、誰だか知ってます?」

 しかし、そこにしゃがんでいる男は何も答えなかった。

 霊にも、ひきもりって居るのだろうか。

 何か訴えたいことがあるから、この世に留まっているのだろうに。

 この人、全然、しゃべらないな、と思ったとき、チャイムが鳴った。

 はいはいはい、と適当な返事をしながら出ると、そこに居たのは、衛ではなかった。

「おはよう」

 あまり爽やかでない口調でそう言ったのは、要だった。

「おはようございます。
 どうなさいました?」

「そこまで私に改まる必要はない。
 ところで、どうした、その首は」

「なんか、絞められまして」

 要は、
「生きた人間にか?」
と冷静に訊いてくる。

「いや、それだったら、大騒ぎですってば。

 先生は、衛さんと似てないようで似てますね」
と言うと、非常に厭そうな顔をしていた。

 要は顎でしゃくるようにして、外を示し言う。

「外に警察が隠れてたが、何か訊かれたか?」

「此処には何も言ってきてないですけど。

 偉く使えない警官ですね。

 そんなバレバレに隠れてるようじゃ」

「ま、警察はお前が犯人だと思ってるようだからな」

「は? 佐野あづさがですか?」

「莫迦。
 花屋の店員がだ」

 やっぱりか、と思った。

「あのう。
 私、死んでることになってるんですよね?

 まさか。
 死人に口なしで、犯人役を押し付けようなんて」

 おお、賢いな、と要は言う。

「そうだ。
 御剣の手前、早く事件を解決したい警察は、爆弾を運んだお前が犯人で、うっかり爆発に巻き込まれて死んだことにしたいようだ。

 ま、このまま、何も起こらなければ、その線で行くんじゃないか?」

 ああいう新米みたいな刑事に見張らせてること自体が、もう犯人は死んだと思っている証拠だ、と要は言う。

「ちょっと待ってください。
 私がなんで、あづささんを――」

「御剣の跡継ぎの嫁になる女が妬ましかったとか言う理由なんじゃないのか?

 実は、あづさは、お前の花屋に何度か行っていたらしいんだ。

 それで、お前と親しくしていたようだと別の店員も証言している。

 あの日も、花を作るの手伝おうかと言ったら、いや、いい、自分がやるから、と言ったらしくて。

 親しい人間に作る花だったからなんだろうな。

 警察はそれを爆弾を仕掛けるのを邪魔されたくないからと解釈しているようなんだが」

「そうなんですか?」

「犯人の手がかりがない今、その役を押し付けるのに、お前がうってつけの人物だってことだな」

「あのー、私、生き返ってもいいですかね?」

 腕を組んだまま、駄目だろう、と言う。

「元の顔に戻して、適当な理由をこじつけて生き返らせてやってもいいが。

 お前が訴えたところで、誰か聞くんだ?

 おお、出て来たと喜び勇んだ警察に逮捕されるだけだ。

 今の日本では、警察が犯人だと決めた奴が犯人なんだよ」 

 そんな莫迦な。

 でも、そうかもな、と思った。

「だから、お前がお前の無実を証明するには、真犯人をおびき出すのが一番なんだ。

 ともかく、無駄に警察とは接触するな。

 お前の言動はなんだかそれだけで怪しいからな」
と失礼なことを言う。

「兼平さんもですか」
と言うと、

「あいつはあれから来たか」
と訊いてくる。

「いいえ。
 あの人は、何か疑っているようでした。

 私に、衛さんが未練がましいから付き合わせて申し訳ない、的なことを言ってましたよ。

 入れ替わってるの、わかってるんじゃないんですか?」

 要は少し考え、
「兼平はなんて言った。
 正確に思い出せ」
と言い出した。

 頭の中で、フィルムを巻き戻すように、その前後の記憶まで再生した。

 すると、意外にはっきりと思い出せる。

 脳は自分では流してしまったような出来事も、ちゃんと記憶しているものらしい。

「えーと……

『未練がましい衛のせいで――』です」

 ふうん、という顔をする。

「兼平さんは、私を犯人だとは思っていないかも。
 協力してもらったらどうですか」

「言ったろう。
 衛は警察が嫌いなんだ。

 父親が死んだとき、御剣の手前、事件を早々に解決しようとして、奴らが適当な話をでっち上げて以来な」

「適当な話って?」
と訊いてみたが、不快そうな顔をしただけで流された。

「それにしても、それって、今回と同じパターンですね。

 警察はまた、早く終わらせようと、私を犯人に仕立てようとしている」

「ま、意外とお前が本当に犯人かもしれないけどな」

 そんなことを言い、楽しそうに笑う。

 最悪だよ、この人も、と思った。

「なんで私が――」

「記憶がないんだろう?
 警察が思っているように、仲の良いあづさの降って湧いた幸運を妬んだのかもしれない」

「それで人生棒に振るのもどうですかね。

 計算高い人間なら、あづささんの結婚を祝福して、衛さんのお友達のお金持ちを紹介してもらおうとか思うんじゃないですか?

 私はお金持ちとかごめんですが」
と言うと、また笑う。

「まあ、どうでもいい」

 どうでもいいってなんだ。 

 この男こそ、事件を解決する気はなさそうだ、と思った。

「わかった。
 犯人は、貴方ですね」
と言ってやると、要は、何故だ、という顔をする。

「実は、貴方があづささんに横恋慕してて」
「ない」

「早過ぎですよ」
と眉をひそめた。

 だが、
「好みじゃない」
と要は言い切る。

 私は、顎に手をやり、
「そうですかねえ?」
と呟いた。

「お前は、何故、あづさが私の好みだと思うんだ?」

「まあ、ちょっと根拠があります」
と言ってやると、不気味そうな顔をして、こちらを見ていたが、すぐに、

「お前の世迷い言を聞いているほど、暇じゃない」
と言い出す。

「本題に入るが、大学は昼からだろう。
 今から、健康診断に来るように」

 そう言い終えると、要はもう勝手に歩き出していた。

「あの、ちょっと!
 私、何も支度してないんですけどっ」

「金はいらん」

「化粧もしてませんし」
と言うと、

「直す前の顔も知ってる人間の前で、化粧が必要か?」
と言われる。

 そりゃそうなんですけどね、と思いながら、慌てて玄関の棚の上にあった鍵を掴むと、せめてと思い、かけておいた。



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