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ついに来ました、ヤツが

ショック死しますっ

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 子どもの頃から、圭太と三人、ずっと一緒に居た。

 だが、圭太は話しやすかったが、逸人はそうではなかった。

 逸人は常に冷静で淡々としてて、遊び友だちというより、尊敬の対象だったので、いつの間にか、すぐ側に居るのに遠い人、になっていた。

 ……だから、こんな風に抱きしめたりしないでください、と芽以は思う。

 夫婦になったとはいっても、全部、会社と圭太のためなのだろうに。

 圭太に放り出された私がごちゃごちゃ言ってこないように、私を引き受けてくれただけなのだろうに。

 それなのに、こんな風に慰めてもらったり、抱きしめてもらったりしたら。

 なんだか泣きそうになってしまうではないですか。

 まるで……本当の夫婦みたいで。

 そう思いながら、顔を上げ、芽以は逸人を見つめた。

 逸人は視線をそらしかけたがやめ、もう一度、芽以と視線を合わせてきた。

 だから、芽以も素直な気持ちを逸人にぶつける。

「みんな、私は圭太のことを好きだったんだろうって言うけど、よくわかりません。

 あのままプロポーズとかされてたら、受けてたかな、とは思うけど。

 それはただ、いつも一緒に居た相手で。
 側に居ると楽しいから。

 男の人として好きだったのかは、今でもよくわからないんです。

 なんていうか。
 好きになる前に、ひょいと取り上げられてしまった感じで。

 ずっとあのクリスマスイブの夜から、宙ぶらりんな感じなんです」

 今でも好きだから、悲しいとかはない。

「ただ……

 こうして、圭太の話をしていると、次々思い出が押し寄せてくるだけです」

 だって、自分の青春時代はすべて圭太と共にあったから。

 そして、思い出のすべてに圭太が居るから。

 そう言うと、逸人が小さく囁くように言ってきた。

「そういうのを好きだったって言うんだろ?」
と。

 なにかが芽以の唇に触れてきた。

 ふわっと軽いそれは、逸人の唇のようだった。

 なにが起こったのかわからないまま身動きできないでいると、逸人はすぐに離れ、
「すまん。
 今日はずっと一緒に居ると言ったのに」
と言う。

 くしゃっと芽以の前髪を撫でてから、布団を持って部屋を出て行ってしまった。

 ぱたん、と扉が閉まる。

 ……いやいやいや。

 ……いやいやいやいやいや。

 いやいやいやいやいやっ!

 今っ。

 今つ、私の身に、一体、なにが……っ!?

 もしや、あれがキスとかいうものなのですか。

 誰とも一度も、したことがなかったので、わからないっ。

 いや、赤ちゃんのときに、両親や聖にされているのかもしれないがっ。

 少なくとも自分の記憶の中にはない体験なので、なんだか訳がわからないまま、ぼんやりしていた。

 芽以の実家に行ったときも、逸人の唇が頬に触れてきたことはあったが。

 あんな風に唇に触れてこられると……、また、全然違う感じがするな、と思いながら、芽以は、ひとり、逸人の消えた扉を見つめていた。

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