パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

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ついに来ました、ヤツが

あなたも動揺してください

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「芽以。
 此処にあったパクチー、知らないか?」

 翌朝、業務用の大きな冷蔵庫を開けながら、逸人が言ってきた。

 死体でも簡単に詰められそうなやつだ。

「知らないです」

 知るわけもないです。
 パクチーの行方など。

「そうか。
 昨日は予想外に量が出たんだな」
と冷蔵庫の前で呟く逸人の横顔を見ながら、

 物好きも居るもんですよね、と思ってしまう。

 しかし、逸人さんが残っているパクチーの量を間違うなんて、店に居るとき、なにか動揺することでもあったのだろうかな、と思う。

 塩をまかれていた圭太が来たくらいしか思い浮かばないが。

 ……嫌いなのだろうかな、あの兄が。

 まあ、少々やかましい男だが。

 もしや、私のために撒いてくれたのだろうか、と芽以は思う。

 私が圭太の顔も見たくないかと思って撒いてくれたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、逸人を見たが、彼はこちらを見もしなかった。

 あのー、私も今、まさに動揺してるんですよ。

 昨夜ゆうべキスされたことで。

 貴方も動揺とかしてみませんかね? 私のことで、と思いながらも、口に出す勇気はなく、

「ホール、チェックしてきます……」
と言って、芽以は厨房を出た。

 まあ、どうせ、逸人さんは、あれがファーストキスというわけでもないだろうし。

 慰めるために、ちょっとしてしまった、くらいのことだろうしなー。

 私ひとりが緊張とかしてみたりして、莫迦みたいだなあ、などと思いながら、寝る前に整えておいたテーブル等をチェックする。

『なにもしない。
 抱いててやる。

 ……そのために俺は、お前の側に居るんだ』

 昨日、逸人に言われたことを思い出していた。

 あれって、やっぱり、圭太に捨てられた私を慰めてくれるために側に居るってことなのかな?

 だとしたら、逸人さんって、ほんと人がい……

 い、と思ったとき、誰かがまだ開店していない店のガラス窓を叩いているのに気がついた。

 ええっ? と思って見ると、イケメンのお兄さんたちがこちらを覗き込んで、にやにや笑っていた。

 誰っ? と固まっていると、すぐに逸人が気づき、
「どうした? 芽以」
と言いながら、やってくる。

 こちらに来た逸人は外を見て、ぎょっとしたようだった。

「誰が今日来いと言った~っ」
と言いながら、外に出ようとしたが、ドアを開けた隙に、みんなが雪崩込んできてしまい、逸人は店内へと押し戻されていた。

「やあやあ、逸人。
 開店おめでとう」

「十日に来いと言っただろうっ」

「いやいやいや。
 待ち切れなくてー」

「可愛いねえ、店員さん?」
と三人が一斉に喋り出す。

「うるさい。
 黙れっ。

 席に着けっ」

「あ、着いていいんだ。
 じゃあ、遠慮なくー」
とみんな、窓際の席に着いてしまった。

 まあ、もう開店時間だから、いいか、と思いながら、芽以はオープンの札をかけに外に出た。

 戻ってきたが、逸人と三人はまだ揉めている。

 どうやら、彼らは逸人の友人のようだった。

 そういえば、昔からの共通の友人以外の逸人さんのお友だちって知らないな、と思いながら、騒がしく揉めている四人を眺めていた。

 仲良さそうだな。

 そういえば、さっき、十日に来いと言ったろう、とか言っていたが。

 十日、私が店に居ない日だな、と思う。

 間で、まだ何日かは職場に出るようにしているのだが。

 確か、十日もそうだった、と思ったとき、

「ウェイトレスさん、注文とりに来てー」
と茶髪で今風のイケメンといった感じの男が手を挙げ、芽以を呼ぶ。

「あっ、はいっ」
と走っていくと、逸人が、

「なんで、芽以を呼ぶっ。
 俺が此処に居るだろうがっ」
と揉め始めた。

「あっ、これが幼なじみの芽以ちゃんか。
 やっぱ、可愛いじゃん。

 人様にお見せするほどのものじゃないとか言っちゃってー」

 ……もしもし、逸人さん?
と振り返ってみたが、逸人はもうさっさと厨房に行ってしまっていた。

「なんにしようかなー」
「あ、俺、パクチーモヒート」

「俺、東洋美人」

 みなさん、まだ、朝ですよ……。

 そして、酒以外も頼んでください、と思いながらも、芽以は注文を取った。


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