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ある意味、地獄からの招待状

久しぶりに鍵をかけてみました

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 なんか今日はいろいろ考えちゃったなーと思いながら、芽以は厨房に立つ逸人を眺めていた。

 帰ってすぐ、逸人は風呂にも入らず、厨房に入り、そのまま、なにもないまな板の上を眺めている。

 さっき食べた料理を頭に思い浮かべ、パクチーを入れた状態でのアレンジをいろいろと試みているのだろう。

 好きだな、と思ってしまう。

 こんなときの逸人さんの表情が――。

 芽以は、逸人の邪魔をしないよう、こちらを見てはいない彼に向かい、ペコリと頭を下げた。

 おやすみなさい、と心の中で呟いて。



 なにも置いてはいない真っ白なまな板を前に、逸人は思索にふけっていた。

 やはり、誰かが丹精込めて作った料理を食べるのはいい。

 自分も頑張ろうと思い、それをまた、アレンジしてみたくなるからだ。

 頭の中で、一通りまとめ、ノートにざっくり書いてから、試作に取りかかろうとしたとき、ふと気づく。

 さっき、芽以がそこに佇んでいなかっただろうかと。

 かなり長い間、こちらを見ていた気がする。

 なにか話があったのだろうか? と気になった。

 芽以を探して厨房を出ると、芽以はリビングの片隅に作っている神棚を拝んでいた。

 朝起きたときと寝る前に神棚を拝むのは、芽以の習慣だ。

 その姿を黙って見ていると、さてと、という感じで、こちらを向いた芽以が、うわっ、と驚く。

「あっ、逸人さんっ。
 もう終わったんですかっ?」

 いや、と言うと、
「あっ、そっ、そうなんですかっ。
 おやすみなさいっ」
と芽以は何故か、そそくさと行こうとした。

「待て」
と横を通り抜けようとした芽以の肩を刑事のようにつかむ。

「さっき、そこに立って、俺を見てなかったか?」

 そんなつもりはなかったのだが、詰問口調になっていた。

 すると、芽以は赤くなり、意味もなく、手を振り、言ってくる。

「みっ、見てませんっ。
 なにも見てませんっ」

 あまりに激しく主張するので、自分はハタを織っていたツルだったろうかと思ってしまう。

 芽以が立っていたのは、おそらく確かだし、それを否定する意味がよくわからないんだが、と思っていると、

「おっ、おやすみなさいっ」
と叫んで、芽以は行こうとする。

 思わず、その手をつかむと、芽以は、ひーっ、という顔で振りほどき、ダッシュで逃げていってしまった。

 ……手を振りほどかれた。

 逸人はショックでその場に立ち尽くしていた。




 二階の自分の部屋に飛び込んだ芽以は布団を被る。

 ど、どうしよう。

 手をつかまれただけで、激しく動揺してしまった。

 今までも緊張してはいたけど、なんとか、こらえられていたのにっ。

 どうしてしまったんだろうな、私は、と思ったそのとき、とんとん、と階段を上がってくる音がした。

「芽以」

 はは、逸人さんだっ。

 呼びかけるその声はまだ少し遠い。

 芽以は慌てて、ドアに駆け寄り、逸人がつけてくれた南京錠をかけた。

「芽以」
と名を呼びながら、逸人がノックしてくる。

 ひーっ、と思いながら、ドアの前で芽以は固まっていた。


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