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第一章 鵺の鳴く夜
よく言えば、ハーレムなのでしょうけどね
しおりを挟む鷹子の居室に向かって歩きながら、吉房が訊いてくる。
「大丈夫か。
恐ろしくはなかったか」
「はい」
「また誰か狙ってくるやも知れぬ。
警備を強化しなければな」
「ありがとうございます。
でもまあ、今回は鵺が鳴いたせいでしょう」
と鷹子が言うと、吉房は不思議そうな顔をする。
「お前は信じているのか?
鵺が鳴くと、不吉なことが起こるなどと」
非常時にも気丈で理性的な鷹子らしくないと思ったようだった。
「いいえ。
そういう迷信的な意味ではありません。
鵺が鳴いたことによる騒ぎが不穏な輩に利用されたのだろうなと思っただけです。
今度から気をつけます」
吉房は、なにを今度から気をつけるんだ? という顔をしていた。
「ところで、女御。
なにか欲しいものはあるか?
伊勢からこの都に戻ってきて、不自由していることなどないか?」
不自由していることか、と小首を傾げたあとで、鷹子は言う。
「そうですねえ。
ああ、甘い物が食べたいですわ」
「甘い物……?
あるではないか」
と吉房は言うのだが。
「そういうのではないのです」
と足を止め、真剣に鷹子は訴える。
「では、どういうのだ」
この時代の菓子といえば、大抵、果物。
儀式などにも用いられる、米粉や小麦粉を水で練って油で揚げた菓子などもあるが。
それらの菓子類は、どれも、よく言えば、自然な甘さ。
つまり、あまり甘くない。
高級和菓子店にありがちな甘さ控えめ、というお菓子ともまた違う。
なにかこう、ぼやっとした感じなのだ。
あ~、フィナンシェとか食べたいっ。
カカオの入った濃厚なやつ。
それか季節の果物のタルト。
あとは生クリームを添えたガトーショコラとか。
ガラス張りのカフェで桜とか眺めながら食べたい。
シナモンがきいた熱々のアップルパイとバニラアイスでもいいな。
それは街中の、ランタンの灯りとかが素敵なオープンカフェで食べたいな。
あ、でも、シンプルに回転寿司のソフトクリームもいいな。
……回転寿司のソフトクリームって、なんであんなに美味しいんだろう。
醤油の辛さのあとだから?
いやいや。
あれ、絶対、お寿司食べずにソフトクリームだけ食べても美味しいよ。
そんな見果てぬ夢を見る鷹子の憂い顔を見た吉房が、何故か熱くなり言ってきた。
「お前の欲しいもの。
なんとしても、私が用意しようっ。
帝の威信にかけてっ」
帝よ、威信をかけるべきところはそこではないのでは……、
と鷹子が思ったとき、ちょうど捕らえた男を引き渡してきたらしい是頼が現れた。
是頼も、
帝よ、威信をかけるべきところはそこではないのではっ、とまったく同じことを顔に書いていた。
鷹子はチラと一応、夫である帝を見上げて思う。
なんなんだろうな~、この人。
私なんかの願いをそこまで叶えてくれようとするとか。
意地になっているのかな~? 妻を思い通りにできなくて。
でも、今は謎多き妃ばかりだけど。
そのうち、若くて綺麗な娘たちがたくさん入内してくるだろうし。
そしたら、私のことなんて、気にもしなくなるだろう。
そこからは、まったりスローライフができそうだ、と鷹子は思っていた。
娘たちが押し寄せてくる日はおそらくそう遠くない。
みな虎視眈々と狙っているからだ。
帝の子を我が娘や孫に身篭らせたいと。
それはそれで大変そうだな……とつい現代の感覚で帝に同情してしまう。
幾ら美しかろうが、後ろ盾がすごかろうが。
特に好きでもない妃を次から次へと押し付けられ。
子供ができたらできたで、誰が後継者だとみなが揉めはじめる。
下手したら、幼い孫を即位させようとする、嫁側のジイさんに命を狙われかねないし。
……可哀想に。
帝って大変だな、とつい、勝手な妄想を膨らませつつ見上げてしまい、
「なんだ、その憐みに満ちた目は……」
と吉房に言われてしまった。
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