あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~

菱沼あゆ

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第二章 姿なき中宮

お忘れでしょうが、私、女御なんですよ

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 春時が帰ったあと、鷹子は妙なことが引っかかっていた。

 帝め、中宮の姿はあまり見たことがないとか言っていたが、小さいときは一緒に遊んでたんじゃないか。

 いや、別にどうでもいいことなんだが……と思ったとき、庭に立つ男と目が合った。

 おっと、と思い、几帳の陰に隠れてみたが、その男、安倍晴明はどうでも良さそうに、いや、今更、という顔をする。

「なんの用ですか、晴明」

 几帳のほころびから窺いながら鷹子は訊いた。

 ほころびとは几帳の縫い合わせていない部分で、普通は此処から男性が女性を垣間見かいまみるのだが、今は鷹子が晴明をガン見していた。

 どうやって此処までスルッと入ってきたんだ、と思ったが、晴明の側に居る若い女房がこちらを見て、苦笑いしている。

 うーむ。
 超絶イケメン様なら、警備もスルーか、と思う鷹子に晴明が訊いてきた。

「地獄の業火に焼かれても欲しいものがあるそうですね。
 面白そうなので、協力しようかと」

 私が地獄の業火に焼かれてても別に気にしなさそうだな、この人……。

「なにが欲しいのですか。
 貴女のことですから、食べ物でしょう」

 ……なんか私がむちゃくちゃ食い意地がはってる感じに聞こえるんだが。

 まあ、間違ってないが、と思いながら、鷹子は素直に白状した。

「実は、鶏の卵が欲しいのです」

 ほう、と晴明は相槌を打ったが、多少予想していたようでもあった。

「卵ならすぐにご用意いたしますよ。
 気にせず食べるものもおりますしね」

 まあ、わざわざ、食べたら地獄に落ちるぞとさとす説話があることから言っても。

 禁じられても、平気で食べる人間がいるのだろうな、と鷹子は思う。

 少し前の時代には別に禁止されてなかったわけだし。

「でも、帝の妃である私がそれをするのは立場的にまずいです。
 そんな仏の教えにそむくようなこと……

 仏の……」

 言いかけて、鷹子は気がついた。

「そうだ。
 伊勢に戻ればいいのではっ」

 またなにを思いついた、この人はっ、という顔で命婦がビクついている。

「斎宮は神の宮。
 仏教に関することは禁忌とされています。

 ならば、仏の教えに従わなくともよいではないですか。

 私は伊勢に戻り、卵を食べてきます」

 ひいっ、お待ちください~っと命婦に止められる。

 ほんとうにやりそうだと思ったのだろう。

 晴明は少し考え、
「貴女が居なくなると、また宮中が面白くなくなりますな。
 卵を何故、食したいのですか?」
と訊いてくる。

 居なくなると寂しいと言われているようで、ちょっと嬉しい気もしたが。

 晴明の顔つきは、そう友情を感じている風にもない。

「卵を使って、新しいお菓子を作りたいのです。
 でも……」

 鷹子は心の天秤に、女御の地位とプリン・ア・ラ・モードをのせてみた。

 天秤に父、春時がぶら下がり、ズルして下げようとする。

 いや、……でもそうだな。

 のせるべきは女御の地位ではないな。

 女御の地位がのっていた場所に、代わりに吉房がよじ登った。

 三頭身くらいになった吉房が、
「女御よっ。
 おーぷんかふぇだっ」
と言ってくる。

 うーむ、と思ったとき、晴明の視線がまるきりよそを向いているのに気がついた。

 その視線を追った鷹子は、げっ、と思う。

「……迂闊うかつに伊勢に帰るなどと言わない方がよろしいのではないですかな」

 なにか含んだような口調で晴明が言ってくる。

 青ざめながら、鷹子は視線と話をそらしてみた。

「と、ともかく、卵はまずいですよね。
 なにか他の物で代用することを考えないと。

 晴明、お礼はしますので、協力してくださいますか?」

 まあ、いいでしょう、と言う晴明に、

 ……なんだろう。
 一応、私、女御なんだが。

 いつもこっちがへりくだってる気がするな、と鷹子は思っていた。


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