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第四章 平安カプチーノと魅惑のマリトッツォ
ハーブティーも淹れてみました
しおりを挟むカプチーノもどきを見ていた寿子は、ふいにあやかしの女房に命じ、歯磨きに使う楊枝を持ってこさせた。
まだ泡の残るカプチーノの上でそれを動かす。
が、かき回しただけだった。
「……なにかできそうな気がするんだがの」
と呟く寿子に鷹子は身を乗り出し、問うてみた。
「なにがですか? 中宮様」
「此処になにか描けそうな気がするのじゃ。
そう。
例えば、猪目とかの」
猪目?
ってことは、ハート?
猪の目を象ったという説もある猪目は、今も神社仏閣などにある模様なのだが。
ハートマークにそっくりなのだ。
もしかして、ラテアート?
この人カフェの店員だったとか? と思う鷹子の後ろで伊予がまだ言っている。
「斎宮女御様っ。
中宮様をお止めくださいっ。
満足したらっ。
中宮様がっ。
死亡フラグがっ」
だが、それを聞いた寿子は呆れたように、
「だから、なにも満足しておらぬ」
と言っていたが。
言ったあとで、少し笑っていた。
訳のわからないことを必死に言う伊予が面白かったのだろう。
なんだか妙なところもあるが、いい人だな、伊予、と思いながら、鷹子は中宮の許を去った。
「ふむ。
このマリトッツォのパンは、最初に食べたのより、良い香りがする」
次に吉房の許に行くと、晴明も来ていたので二人にマリトッツォをご馳走する。
「和ハーブで酵母菌を作ってみましたので」
鷹子は伊予たちを振り向き、頷く。
「ハーブティーも作ってみたんですよ」
伊予たちは用意していたそれを吉房たちの前に出した。
玻璃の器に入ったふたつのお茶だ。
ひとつは赤く透明なお茶。
もうひとつは黄色っぽく透明なお茶。
「ふむ。この香りは嗅いだことがあるぞ」
赤い方を手に、吉房が言う。
「これは薬として使う赤紫蘇じゃな。
これもハーブティーというものの一種なのか。
紫蘇は食中毒で死にかけたものに与えると息を吹き返すというくらい薬効がある。
ハーブティーとは身体に良いものなのだな」
まあ、確かに、紫蘇は防腐、殺菌、食中毒の予防にも効果がある。
その昔、中国で食中毒で死にかけた人間に、紫の草を煎じて飲ませたところ、蘇ったので、『紫蘇』という字になったという話もあるくらいだ。
吉房に勧められ、晴明は嫌そうに黄色い方のお茶を口許に一度近づけ、離した。
「……鼻にツンと来ますね」
私はハーブティーはあまり好きではないのです、と晴明は言った。
いろいろうるさいな、と思う鷹子の前で、晴明は一応、それに口をつけた。
天皇に飲めと言われたら、飲まないわけにはいかないからだ。
「これはハッカ、波加の茶ですね」
日本ハッカの茶、ミントティーだ。
日本ハッカはメントールの含有量が多く、清涼感が強い。
実は、この時代、波加は山菜として食卓にのぼっていたので、此処でも馴染みのある味と香りではあった。
ただ、晴明はあまり好きではないようだったが。
「これなら、たんぽぽコーヒーの方がマシです」
と言う晴明に、
「花粉症に効きますよ」
と言ってみたが、そもそもこの時代、花粉症の人間はあまり居なかった。
ほんといろいろうるさいな、と思いながら、鷹子は形だけはそれっぽいマリトッツォを見て笑う。
「今度、サルナシが採れたら、入れてみます」
小さなキュウイのようなものが並んだマリトッツォ。
きっと可愛らしいだろう。
そんなことを考えながら、清涼殿を出ようとした。
庭先に立つ東宮やよくわからない霊を見ながら、
「あとで東宮様たちにも」
と言いかけたとき、白い光が空を駆け抜けるように落ちてきた。
ドーンッと大きな音がして、鷹子たちはしゃがみ込む。
「なんですか? 今のは?」
「空が白くなりましたわ」
命婦や伊予たちが騒いでいると声がした。
「雷ですよ。
たまに天気のいい日にも落ちますな。
……そういえば、あのときも不思議な天候であった」
顔を上げると、供の者を引き連れた左大臣が空を見上げていた。
雷が三度鳴ると、雷鳴の陣という儀式が執り行われる。
雷から天皇を守るためだ。
だが、雷は一度で止まった。
鷹子も空を見上げ、庭に居る霊たちも振り返っていたようだったが。
そこにはもう、雲のたなびく夕暮れの空が広がっているだけだった。
「平安カプチーノと魅惑のマリトッツォ」完
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