あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~

菱沼あゆ

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第五章 あやかしビールと簡易ふわふわケーキ

左大臣の一刻クッキング

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 伊予たちがせっせと他の材料を運んできて、帝の目の前で左大臣が料理をはじめた。

 だが、材料を見ただけで、左大臣はうるさい。

「また牛乳をこんなに使ってっ」

「砂糖は貴重な薬ですぞっ。
 何処からこんなに持ってきたのですかっ」

 ……あなたの娘さんがお好きなものも、それらの物で作られているのですが。

「卵が使えたら、もっと美味しく仕上がると思うのですけどね」

 鷹子は、ぼそりと、そうもらして、

 それをやったら、私が地獄の業火を作り出しますぞっ、という目で左大臣に見られる。

 バターはノンホモ牛乳を振りまくって作るのだが。

 途中で挫折しそうになった左大臣の手から、例の鬼が振っている瓶を受け取り、振り始める。

 左大臣が疲れたら、少し交代するよう、言ってあったのだ。

 左大臣は、ぬっと出てきた鬼の手に瓶をとられた瞬間、ひっ、という顔をしてはいたが。

 背に腹は変えられぬとばかりに、二人、交代で振っていた。

 ボウル代わりの器で、砂糖やバターを混ぜたあと、小麦粉を入れる。
 
「で、ここで毒水を投入します」

 鷹子の言葉に、左大臣の手がびくりと震える。

「入れてください。
 中宮様、大好きですよ、毒水」
と脅し、入れさせる。

 鉄の器に流し込んだあと、
「さ、すぐに焼かねば」
と鬼を振り向き、持たせた。

 今度は鬼がビクビクする番だった。

 鬼が歩き出す前に、愛らしい青龍がやってきて、それを手渡せと手を差し出したからだ。

 焼かれるっ、と思ったのか、目を閉じて、鬼はそれを渡す。

 だが、青龍は鬼には興味ないようで、その器を持って、何処かに行った。

 やがて、焼けて、いい匂いのするケーキを持ち、戻ってきた。

 ベーキングパウダーの代わりに炭酸水を使ったケーキだ。

 卵が入っていないせいか。

 料理の腕のせいか。

 いまいち膨らんではいないのだが。

 なにはともあれ、青龍は吐き出す炎を調節できるようになったようだった。

 ところどころ、ケーキが焦げてはいたのだが……。

「よしっ。
 切ってみんなで食べましょうっ」

「あんなに苦労したのに、こんな、ちょっとずつしかないのですかっ」
と左大臣が切り分けて小さくなったケーキを見て言う。

「……あんまり牛乳や砂糖を使うなと、ご自分がおっしゃったんじゃないですか。

 一個しか作れませんよ。

 でも、一口でも、中宮様は喜ばれると思いますよ。
 温かいうちにお二人でお召し上がりください。

 なにか季節の果物でも載せたら、より美味しいとは思いますが。
 とりあえず、お早めに」

 左大臣は、……うむ、と渋い顔をして頷いたあとで、なにか言いかけ、やめた。

「では、失礼」
といなくなる。

「やっぱり、卵がないと物足りないですね」
と鷹子が呟くと、吉房がじっとこちらを見ていた。

「なんですか……?」
と訊くと、

「いや、お前がこの国では卵を食べられぬからと、何処か異国へ旅立ってしまうのではないかと、ふと、不安になってな」
と吉房は言う。

「……さすがにそこまではしませんよ」

 鬼は不思議そうな顔をしながら、手のひらに載せられたケーキを指でつまむ。

 しばらく眺めたあと、食べていた。


 その後、鷹子は左大臣のあとをついて歩く鬼を見た。

「懐かれてるじゃないですか。
 共同制作のせいですかね?」
と鷹子が声をかけると、

「いや、懐かれても困りますっ。
 鬼ですよっ!?」
と左大臣は叫ぶ。

「そこは悪役らしく、ふふふ、この手中におさめた鬼で、斎宮女御を、とかやらないんですか」

「誰が悪役ですか」
と左大臣が言い、

 そうだな。
 向こうから見たら、こちらが悪役かも、と鷹子は思う。

 視点を変えると、物語の状況が一変するようなものだ。

「晴明殿に聞いたのですが。

 この鬼、ツノを折られているうえに。
 簡単にあの青龍とかいう小僧にやられる程度の鬼なんでしょうっ?」

 青龍、一応、ドラゴンなんで……、と思いながら、鷹子は言った。

「でも、その程度の鬼の方が扱いやすいでしょう?
 そういえば、中宮様がこの鬼、手に入れたがってましたよ」

「飼うのは猫だけで充分です!」

 鬼を連れたまま、左大臣は行ってしまう。

 そんなことをやっている間にも、ビール作りの方は進んでいた。


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