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知らない人がとなりにいます……
同窓会に行きました
しおりを挟む「めぐるーっ。
元気だったー?
さあ、呑んで呑んで」
ちょっと気を使ったような友だちの声。
川沿いの涼やかな風の吹く店で、めぐるはビールをそそがれる。
お互いの近況を笑顔で話しながら、めぐるは隣に座る男が気になっていた。
同じように、クラスメイトから酒をそそがれている男。
自分とは反対側を向いて話しているその男は、知的な目元で鼻筋の通った端正な顔をしているのだが。
まったく見覚えがなかった。
えっ?
今日って、クラス会だよね?
こんな顔の人、いたら覚えてるよ。
小学校低学年とかならともかく、中学校の同窓会で、のちのち、すっごい顔変わりましたとかなくない!?
女の子みたいにメイクしてるわけでもないのに。
めぐるの鼓動が速くなる。
――後ろの人誰っ?
もしかして、私、クラス間違ったっ!?
いや、ここは学校の教室ではないし。
他のメンツは、ほぼ見覚えあるのだが……。
ドキドキしながらも、知っている人だったら失礼なので、訊くに訊けない。
少なくとも、この体勢ではっ、と彼と背中合わせに座ったまま、めぐるは思う。
なにか話の端々から漏れ聞こえてくることで判断できないかと焦ったが。
二人は延々と世界情勢について語っている。
――いや、もっと狭い範囲の話をしてっ。
できれば、過去の教室内の、できるだけ人間関係のわかる話をっ。
それか、他の人と話に何処かに行ってっ。
いや、待てよっ。
向こうが立ち上がらないのなら、こちらが立ち上がって移動すればいいんだっ。
それから誰かに訊こう!
そう思ったとき、
「お、河合。
元気か?」
と謎の彼と話していた清水が立ち上がったようだった。
そうだ。
清水に合流して訊こうっ、と思ったが。
その謎の彼も一緒に立ち上がったようだった。
歩き出す気配がする。
めぐるは急いで、目の前の女子、八幡克子に訊いてみた。
「う、後ろの人、誰っ?」
「田中だ」
と背後から声がした。
どうやらスマホを忘れたらしく、謎の男は戻ってきていた。
「お前こそ、誰だ?
クラス間違えたのか?」
いや、だから、ここ、教室じゃないですよ、と思いながら、めぐるは長身のその男を見上げる。
こんな人いたら、やっぱり覚えてるよな~と田中を見ながら、めぐるは周りに集まってきたみんなの話を聞いていた。
「あー、そうか。
あんたたちって入れ違いだったわよねー」
と克子が笑う。
「めぐるが引っ越したあと、田中くんが転入してきたから」
「ああ、一人減ったから、一人補充されたみたいな」
とめぐるは言って、
「いや、何処から?」
と田中何某に冷静に突っ込まれる。
この男……。
同じクラスにいたら、きっと仲良くなかっただろうな、とめぐるは思った。
そのうち、それぞれに分かれて話しはじめた。
田中がお手洗いにか立ち上がったあと、そちらを見ながら、清水が言った。
「まあ、今日は触れないでおいてやろう」
「そうだな」
と近くにいた、みんなが頷き合う。
なんだろう。
田中さん、なにか嫌なことでもあったのかな?
と思ったが。
まあ、みんなが触れないでおこうと言っている話題なので、突っ込んで訊くのもな、と思っためぐるは、訊くチャンスがあったのに、訊かなかった。
田中はお手洗いから出て廊下を歩いていた。
何処もかしこも開け放してあるので、あちこちの部屋の笑い声が響いてちょっと騒がしいが。
川からの風が気持ちいい。
自分と入れ違いに、あの、めぐるとかいう転校していった生徒……
いや、転校していったのは、ずいぶん昔のようなのだが――
が廊下に出ようとしていた。
こちらに気づき、あ、どうもどうも、という感じに、へこへこして去っていく。
よく見れば綺麗な顔をしているのだが。
何故か、ヘラヘラしている、という印象しか残らない。
軽く頭を下げて、席に戻ると、みんながめぐるの後ろ姿を見ながら言っていた。
「まあ、今日は触れないでおいてやろう」
「そうだね」
とみんなが頷き合う。
なんだろう。
あいつ、なにか嫌なことでもあったのだろうか?
と思ったが。
あんまり人のことには首を突っ込まない性格なので。
田中も、
「なんの話だ?」
とか訊いてみたりはしなかった。
「ところで、田中さん、お名前は?」
ふたたび、隣りに座った田中にめぐるは訊いてみた。
「……田中一郎だ」
「偽名ですか?」
「本名だ。
全国の田中一郎さんに謝れ」
「それか、免許証とかの見本?」
「あれ、日本太郎とか、日本花子とかじゃね?」
と田中の隣から清水が言う。
――酒の席とはいえ、ちょっと失礼なことを言ってしまったかな。
あと、人にだけ名乗らせるのもよくないな、と思っためぐるは自分も名乗ってみた。
「天花めぐるです」
ぺこりと頭を下げる。
「すごい名前だな……」
と田中が呟く。
「そうなんだよ。
天下が巡ってきそうだろ?
お前、婿養子に入ったら?
……あ」
なんだかわからないが、清水は、余計なこと言っちゃったな、という顔をする。
その横に知らない女の子が座っていて、莫迦ね、というように、清水を肘でつついていた。
「あの~、清水の彼女さんですか?」
「戸田よっ。
あんたの友だちの戸田夏華!」
「えっ?
顔が違う」
「この素直すぎる酔っ払い、誰か連れて帰れ~っ」
「酔ってないよ」
余計悪いわっ、と夏華に怒鳴られた。
「いやでも、メイクの上手い女の子って、全然変わっちゃいますよね~。
夏華は昔、ベリーショートで、部活でオラオラッて感じだったのに」
何故か田中に送られながら、めぐるは言った。
いや、何故かもなにも、二人とも二次会に行かなかったからなのだが。
途中で帰るのは残念だが、明日の仕事もある。
この『田中一郎』もそうなのだろうか?
とめぐるは田中をうかがい見た。
――まあ、これ以上残っていても、どうせみんな、かなり酔ってるから。
誰が残っていて、なにを話したかとか。
明日には覚えてなさそうだしな~。
街の明かりが川に映って揺れているのを眺めながら、二人は川沿いの道を帰った。
風情ある通りをいい雰囲気で歩いているように傍目には見えるかもしれないが。
ふたりとも全然、関係ないことを考えていた。
会話が止まっていたことに、ふと気づいたらしい田中がさっきの話題を掘り返してくる。
「大丈夫だ。
俺も女子はほぼ全員、顔を見ただけではわからない。
あいつら、常にリノベーションしてくるからな」
建築物かなにかのように女性の顔を言う。
まあ、どんどん良くなってるのなら、いいことではないだろうか。
っていうか、ひとつ話して次の会話が来るまで、長考するな、この人……。
「顔で判断できないのなら、なにで判断してるんです?」
「声としゃべり方かな」
それはそれですごいですね、と言ったところで、自分の住まいに着いたことに気がついた。
「では、ここで。
ありがとうございました」
と頭を下げる。
田中がその川沿いの古い建物を見上げた。
「ここに住んでるのか」
「はあ。
こういうとこ、住んでみたかったんで」
家の中から釣りができる二階建ての長屋、みたいな賃貸物件だ。
「涼しそうだな」
「結構湿気、ありますけどね」
ではでは、お元気で、ともう会うこともないかもしれない田中に頭を下げた。
いや、またクラス会があれば会うかな。
10年後くらい?
ハレー彗星よりは周期短いな、と思いながら、めぐるは田中と別れ、階段を上る。
部屋の中に入り、窓を開けるとひんやりとした川辺の匂いが風とともに吹きつけてくる。
うん。
夏の終わりにこれは気持ちいいな。
……冬はどうなるんだろうな。
住み始めたばかりだからわからないな、と思いながら、めぐるは開けた窓のところに腰かける。
川を眺めていると、街灯に照らし出された水色の橋を田中が渡っていくのが見えた。
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