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疾走するさっちゃん

このAI、ドSなんですけど……

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「疾走するさっちゃんという都市伝説があるそうですよ」

 乃ノ子はそう打ち込んでみたが、イチからの返事はない。

 こら、AI。

 AIなのに、サボってるのか、と思いながら、乃ノ子は、いつもの自動販売機でジュースを買う。

 あの存在意義がわからない短いガードレールに腰掛け飲んでいると、キンコーンとスマホが鳴った。

「なんだ、疾走するさっちゃんって」
と入っている。

「返事遅いじゃないですか」
と入れると、

「昼飯食ってたんだ」
と言う。

 ……AI、昼飯食うのだろうか。

「昼飯って、今、夕方ですよ」

「今日はちょっと忙しかったんだ」

「そんなに都市伝説集まったんですか?」

 それで反応悪かったのかな。

 みんなが一斉に打ち込んだから、と思ったのだが。

「莫迦め。
 都市伝説の収集で食っていけるか。

 猫探してたんだよ」
とイチから返ってくる。

 猫探しをして暮らしている探偵とかの設定なのだろうか。

 細かいな……。

 そんなことより、この顔の見えないアイコン、イケメンの探偵さんのアイコンにした方が客は喜ぶと思うんだが、と思い、言ってみたが。

「俺は写真写りが悪いんだ」
とイチは言う。

「そのセリフ、言うのは女子だけかと思ってました」

 実際、乃ノ子もよく使う。

 修学旅行の写真など、最悪だ、と思っているが。

 他人から見れば、実物もそんなものなのかもしれない。

 おそらく、ちょうど変な顔をしているところを切り取られてしまうのだろうが。

 そういう顔をしている瞬間は確実に存在しているわけだし。

 あ、落ち込んだ、と乃ノ子が思った瞬間、イチが言った。

「そもそも俺の写真、まともに撮れた試しがないんだよな。
 いつも余計なものが顔の前に写り込んだりしてて」

 ……もうこの人が都市伝説でいいのでは?

「ところで、漆黒の乃ノ子。
 その疾走するさっちゃん。
 どうやって呼び出して、どうやって捕獲すんだ?」

「え? どうやるんでしょうね?」

 っていうか、さっちゃん、捕獲する気か? と思ったとき、

「肝心なところを聞いてこいよ。
 でもまあ、ちゃんと都市伝説集めてるんだな、偉い偉い」
と思いもかけず褒められたが。

「駄目な子は褒めて伸ばせって言うからな」
とすぐさまイチは言ってくる。

 ドSなAIだな~。

 最近はこういうのが受けるんだろうか?

 乃ノ子が渋い顔をしたとき、

「まあ、どうでもいいが。
 あんまり、そこ腰掛けて長居すんなよ」

 じゃ、と入ってきて、イチからのメッセージは終わった。

 え? そこ? と乃ノ子は立ち上がる。

 缶ジュースを手にしたまま、周囲を見回した。

 だが、不審な人影はない。

 スマホを見つめ、乃ノ子は思う。

 位置情報でわかったのかな?

 居る場所が動かないから、適当に言っただけとか。

 でも、腰掛けてるのがわかるのは変だ……。

 まさか、カメラから覗いてるとか?
と思った乃ノ子は、都市伝説アプリのカメラの使用を不許可にしてみた。

 それでもちょっと不安だったので、持っていたマスキングテープでレンズをふさいでみる。

 うーむ。
 それにしても、疾走するさっちゃん。

 どうしたら、会えるんだろうな?

 思わず、友だちが帰っていった横断歩道の方を見てみたが。

 もちろん、そこにはもう友だちの姿はなかった。



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