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疾走するさっちゃん

迷走するさっちゃん

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「さっちゃんは来たか?
 暗黒の乃ノ子」

 帰り道、いつものお弁当屋さんの前でイチからメッセージが入ってきた。

 暗黒の乃ノ子か。

 漆黒の乃ノ子とどっちが黒いんだろうな、と乃ノ子は思う。

「それが、授業中、着信してたみたいなんですけど。
 さっちゃん、相当迷走してるみたいで」
とイチに打っている途中で、電話が入ってきた。

 そちらに出てみる。

「も、もしも……」

「もしもし、私、さっちゃん。
 さっき、最近、ときどきしか開いてない煙草屋の角を通ったわ」

 慌てて、乃ノ子はイチにメッセージを打つ。

「イチさん、もう煙草屋の角まで来てるらしいんですけどっ」

「早く戻れっ、乃ノ子っ。
 お前より先に、さっちゃん家に着いたら、マヌケだろうがっ」

 誰もいない夕暮れの部屋に、所在なげにたたずむニンギョウを思い浮かべる。

 申し訳ない感じがしてきた……。

 っていうか、さっちゃん、何故、うちに向かうっ。

 私の後ろに来るんじゃないのかっ、と思いながら、慌てて帰ろうとすると、

「乃ノ子ー」
と後ろから友だちが言ってきた。

「あんた、都市伝説探してるんだって?」

「あ、そうそうっ。
 今、さっちゃんニンギョウを追ってるのっ」

「ああ、あの、
『私を捨てたのは、お前かーっ』ってやつ?」
と友だちは言う。

 そんな話だったのか、さっちゃんっ、と思いながら、乃ノ子は家に向かい、猛ダッシュしていた。




 部屋に戻ると、ボロボロのニンギョウが部屋の真ん中に立っていた。

 怒りのオーラを感じる。

 都市伝説的になにかを呪って怒っているわけではなさそうだった。

 せっかく現れたのに、電話の主がいなくなっていたからだろう。

 だが、さっちゃんは、おのれの今の怒りをぶつけることなく、まるでそのセリフを言わねばならないと決まっているかのように叫んできた。

「私を捨てたのはお前かーっ!」

「え、ちが……」

 だが、そこで、さっちゃんは冷静に言う。

「違うな。
 私を捨てたのはもっと小さな子だった。

 ……私はリカちゃんのバッタもの」

 そういえば、何処となくリカちゃんっぽい。

 髪は引きつれ、服も顔も汚れ、靴は片方なくなっているが。

「でも、そんな私を可愛がってくれる子たちもいたんだ。
 ……結局、捨てられたわけだが」

 そう呟くさっちゃんの顔自体はニンギョウなので、なにも変わってはいなかったのだが。

 レースのカーテン越しに差し込む光で、ニンギョウについた陰影がさっちゃんを物悲しげに見せていた。

「……さっちゃん。
 洗ってあげようか?」

 そう暗黒の乃ノ子は言った。



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