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ムラサキカガミ

朝はおはよう、夜はおやすみとニセモノだが、イケメンなアイドルから言われるはずだったのに

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 ……AIにイケメンとか言われてもな、と思いながら、乃ノ子は学校に向かっていた。

 陸橋を通り過ぎ、お弁当屋さんの方を振り返ると、あの自動販売機が視界に入る。

 そのとき、
「乃ノ子ーっ」
と紀代が陸橋の方からやってきた。

「おはよう、乃ノ子。
 ねえ、そういえば知ってる?」
と言い出したので、なにか都市伝説ネタでも始まりそうだなと思ったのだが、違った。

「ジュンペイのチャットアプリがあるの知ってる?
 朝、おはようって言ったら、おはようって返してくれるし、おやすみって言ったら、おやすみって返してくれるのっ。

 もちろん、機械が応答してるだけなんだけどさ。
 結構いいよ」
と紀代は楽しそうだ。

 そうそう……。
 私もそういう平和なアプリを入れたはずだったんだけどね。

 朝はおはよう、夜はおやすみとニセモノだが、イケメンなアイドルから言われるはずだったのに。

 自分はイケメンだと名乗るだけで、顔もわからない、都市伝説と猫を集めている探偵に怒鳴られる日々だ。

 いや、猫は集めてはいないのか。

 探しているだけだったな、と思いながら、乃ノ子は紀代に言った。

「私もそのジュンペイのアプリ、入れてたんだけど、消えちゃったんだよ。
 不具合があったみたいで」

「へえ、そうなの。
 もう一回入れてみたら?」
と言われたが、今度は百物語探偵とか現れたら嫌なのでやめておいた。

「そうだ、紀代。
 ジュンペイに都市伝説の話してみてくれない?

 あ、それで、ジュンペイが消えたら、ごめんなんだけど」

「なんで消えるのよ。
 愛しのジュンペイが消えるのは嫌よ」
と渋い顔で紀代は言ったが。

「それで、ミニゲームみたいなのが始まって、ちょっと変になっちゃったのよ」
と教えると、

「ミニゲームかあ。
 面白そうね。

 まあ、消えたら、また入れればいいや」
と気楽な感じに言って、入れてみてくれた。

「都市伝説」
とだけ、紀代はジュンペイにメッセージを送る。

 すると、すぐにジュンペイから返事があった。

「都市伝説、知ってるよ、僕も」


 『都市伝説 イチ』に切り替わる様子はないようだ。
 そう思ったとき、ジュンペイから、またメッセージが入ってきた。 

「君も知ってる?
 『疾走するさっちゃん』って話」

 えっ?

「さっちゃんってニンギョウが猛スピードで街を走ってるんだって。
 たまに道で遭遇できるらしいよ」

 あはははは、と笑っているジュンペイの写真のスタンプが入ってくる。

「あっ。
 なにこれっ、新作スタンプッ?

 うそっ。
 買わねばっ」

 早速、紀代はさりげない宣伝につられて買おうとしていた。

「それ新作スタンプだね。
 帰ったら、すぐ買うねーっ」

 紀代はジュンペイに向かい、打っていた。

「ありがとう」
という言葉とともに、ジュンペイからまたスタンプが入ってくる。

「いやーっ。
 ジュンペイがぺこりってっ。

 ぺこりって頭下げてるわっ。
 買うわっ」

 気持ちよく宣伝に乗せられながら、紀代は叫んでいた。

 ジュンペイから、それ以上、都市伝説の話題は出てこないようだった。

 ……なんで、『疾走するさっちゃん』なんだろうな、と乃ノ子は思う。

 イチさんの話だと、あれ、言霊町限定の都市伝説みたいなのに。

 スマホのGPS機能でユーザーのいる位置を特定して、その地域の都市伝説を語ってるとか?

 いや、それか意外と、ジュンペイさんの事務所か、ジュンペイさんのアプリを管理している会社が言霊町にあって。

 それで、たまたま知ってたとか?
と思って調べてみようとしたが、

「ほらー、早くっ。
 遅れるよーっ」
と紀代に急かされる。

 あ、うん、と言いながら、出しかけたスマホを乃ノ子はしまった。


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