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幽霊タクシー

あやしい公衆電話

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 帰り際、
「……乃ノ子!」
と友だちが呼びかけてきた。

 足を止め、振り向いたが、
「いや……なんでもない」
と言ったあとで、じゃあね、と友だちは手を振る。

 自動販売機の前の空間から出るとき、乃ノ子がもう一度振り返ると、友だちはあの図書館の方を見上げていた。

「公衆電話、今から行ってみますか? イチさん」

 乃ノ子は横を見たが、イチも消えている。

 ……ひとりで話すヤバイ人になってしまったではないですか、と思いながら、乃ノ子は周囲を見回した。

 幸い、駆け抜けていく自転車の人くらいしかいなかった。



 何故、私がまたひとりで行くはめに。

 あまり近寄るな的なこと言ってなかったですか、イチさん、と思いながら、今は咲いていない桜並木の坂道を抜け、乃ノ子は図書館へと向かった。

 一番上まで上がったところで、振り向いてみる。

 眼下に広がる町を見下ろした。

 言霊町全体が黄昏の光に包まれている。

 雲の切れ目から差し込む光が数少ない高層ビルに当たっていて綺麗だった。

 なんで『言霊町の都市伝説』なのかな、と思いながら、乃ノ子はまた歩き出す。

 すると、図書館手前の茂みでなにかがガサガサッと動いた。

 犬? 猫?
と見ると、白いもふもふしたカタマリが飛び出してきた。

 そのまま、道を挟んで反対側の茂みに飛び込んでいく。

 なに今の……ウサギ? 猫? 犬?

 小首をかしげながら、乃ノ子は図書館裏に行こうとしたのだが、後ろで道の左右にある茂みが交互にガサガサ言っている。

 あちこち動き回りながら、なにかがついて来ているようだ。

 えーと……と思いながらも然程さほど気にせず、乃ノ子は裏まで行く。

 あまり怖さは感じなかったからだ。

「遅いじゃないか、乃ノ子」
と声がした。

 例の公衆電話の前にイチがいた。

「なんで私を追い越して先にいるんですか」

「いや、ちょっと今、存在が不安定で、消えるつもりはなかったんだが。

 此処のことを考えていたせいか、こっちに飛んでしまった」
とイチは言い出す。

 突然現れるホログラムか……。

 そのとき、ふと思った。

 もしかして、そうなのかなと。

 イチさんの本体というのは別の場所にあって、今此処にいるイチさんは映像のようなものなのではないかと。

「イチさん、その身体、ニセモノなんですか?」

「なんでそう思う?」

「不安定だとか言うからですよ」

 イチは呪いの公衆電話に肘で寄りかかり、少し考える風な顔をしたあとで、

「まあ、そうなのかもな」
と言ってきた。

「俺のほんとうの本体は未だ閉じ込められたままなのかも」

「それ、何処にあるんです?」

「俺は知らない。
 知ってるのは、お前だ。

 ……すねこすり」
となにかがガサガサしている茂みを見て、イチは言う。

「それ、乃ノ子だぞ。
 いいのか? 怖くないか?」

 ……どういう意味だ。

「すねこすりって、雨の日に現れる、もふもふのあやかしですよね?」

「お前ら女子、もふもふなら、なんでもいいんだろ。
 動物でもあやかしでも。

 ほら、乃ノ子様だぞ、行ってみろ」

 何故か様をつけて乃ノ子を呼び、イチはそのあやかし、すねこすりをけしかけていたが。

 寂しいことに、もふもふは来なかった。

 代わりに、すねこすりはイチの腕に飛び込む。

 白くて、もふもふっ。

 あやかしでもいいっ、と乃ノ子はイチが言っていたとおりのことを思ってしまった。

「すねこすりに触るなよ、乃ノ子。
 消えたら困るから」
とよくわからないことを言う。

 イチさん触ってるじゃないですか。

 人から遠いものが触るのはオッケーなんですね?
と思いながら、乃ノ子は、

 うう、触りたい。
 こんなの拷問だ、と思いながら、イチの腕の中のすねこすりを眺めていた。

 すると、突然、公衆電話が鳴り出す。


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