上 下
33 / 94
幽霊タクシー

いい都市伝説はありませんか?

しおりを挟む
 

「ねえ、なんかいい都市伝説ない?」

 乃ノ子は休み時間、紀代のりよ風香ふうかに訊いてみた。

「またあ?」
と椅子に座る紀代は眉をひそめ、

「都市伝説ですか。
 考えてみますっ」
と乃ノ子といっしょに紀代の机の前にいた風香は拳を作る。

 いや、新たに考えちゃ駄目……と乃ノ子は苦笑いした。

「この間、乃ノ子さんにはお世話になりましたしね」

「いや、全然役に立ててないと思うけど……」

 風香に頼まれたホンモノが出るお化け屋敷は、ホンモノの芸能人が出るお化け屋敷だった。

 真実を話すわけにはいかないので、幽霊は出なかったよ、と曖昧に誤魔化して終わってしまったのに、と乃ノ子は申し訳なく思っていたのだ。

 そのとき、
「都市伝説といえば」
といきなり、背後で声がして、わああああっと乃ノ子は声を上げる。

 背後に、そこそこ若く、そこそこイケメンの元中学教師、志田哲郎《しだ てつろう》が立っていたのだ。

「な、なんでいるんですか、先生っ」

「いや、ちょっと此処の教頭に資料借りに来て」

 そういえば、教頭、化学教えてたな、と乃ノ子は思い出す。

「教頭、趣味で危険な薬品集めてるし」

「危ないじゃないですか」

「どうだ?
 マッドサイエンティストな高校の教頭って都市伝説は」

「殴られますよ、教頭先生に……」

 それから、志田は乃ノ子たちと少し話していたが、去り際、手を叩いて言う。

「そうだ。
 幽霊タクシーの話を聞いたな」

「後ろ乗ってる人がいきなり消えるとかいうアレですか?」

 そう紀代が訊いたが、志田は、

「いや~、よくわからんが。
 確か、何処かから電話をかけて、タクシーを呼んだら、なにかがどうにかなるいう話だったぞ」
とこれ以上ないくらい曖昧なことを言ってくる。

「まあ、あんまりややこしいことには首を突っ込まないようにな」

 乃ノ子たちにそう釘を刺し、志田は帰っていってしまった。

「何処かから電話をかけたら、なにかがどうにかなるとか。
 今の話、何処を参考にしたらいいのかしらね……」

 志田が消えた教室の入り口を見ながら、乃ノ子は呟く。

 風香たちは笑っていた。



「その話をどうしろと言うんだ、あの先生は」

 案の定、イチは眉をひそめ、そう言ってきた。

 何故、眉をひそめているのがわかるのかと言うと、リアルイチが今、目の前にいるからだ。

 乃ノ子は突然現れられると心臓に悪い顔だ、と思い、イチを見上げた。

 あの鎧武者なイチを思い出す。

 ……この人、普段は、あんな目で私を見ないよね、思いながら。

 あれ、ただの夢だとすると、私の願望なのだろうかな、と缶ジュースに口をつけながら乃ノ子は思う。

「幽霊タクシーか。
 何処から電話かけるんだろうね」
と言う例の友だちも今は一緒だ。

 あの自動販売機の前だからだ。

「いや、実は、ちょっとひとつ心当たりあるんだよね」

 そう乃ノ子が言うと、

「あの公衆電話か」
とイチが図書館の方を見ながら言ってくる。

「そういえば、お前、このおトモダチから聞いたんじゃなかったか?

 『此処ではない何処かにつながる公衆電話』の話」

 イチに見下ろされた友だちは、ああ、そうだったかも、と頷いていた。

「私、ずっと此処にいるから、いろんな噂話が聞こえてくるんだよね。

 それで……、聞いたような……」

 なにかを思い出そうとするような顔をして、友だちは眉をひそめる。

 そんな友だちにイチが、
「おい、友だちの友だち」
と呼びかけた。

「いや、なんで、友だちの友だちなんですか」

 友だちでいいじゃないですか。
 そう乃ノ子は言ったが、イチは、

「こいつ、都市伝説だから。
 友だちの友だちだろ。

 普通、都市伝説は友だちの友だちから聞くものだろ」
と言う。

 すると、友だちは笑い、
「それはともかくとして、イチさんは乃ノ子の友だちだから。
 確かに私はイチさんから見たら、友だちの友だちですけどね」
と言ってきた。

「待て。
 なんで、俺がこいつの友だちだ」

「いやいや。
 じゃあ、なんでいっしょにいるんですか」

 そう笑って友だちは言ったが、イチはケロッとした顔で、

かたきだから」
と言う。

「誰が?」
「誰の?」
とふたりは聞いたが、イチは答えない。

「そんなことより、その公衆電話からかけてみるか」
と勝手に話を終わらせる。



しおりを挟む

処理中です...