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幽霊タクシー

あれはただの夢なのだろうか……?

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 その日、風呂上りの乃ノ子はベッドの上に転がり、スマホを開いた。

 イチからメッセージが入っている。

「ひどい目に遭った……。
 あのまま、あの世界から戻ってこられないかと思った」

「そうだ。
 新しい都市伝説聞いたんですよ」

「永遠に夕暮れなんだぞ、あそこ。
 暗い気持ちになるじゃないか。

 珍しく心細くなってしまったぞ」

「髪が伸びたり抜けたりするニンギョウらしいんですよ」

「ニンギョウはもう、さっちゃんで間に合っている。
 っていうか、会話噛み合ってないよな、俺たち」

 あの日のことにあまり触れたくないなあ、と思うあまり、イチの話をスルーしてしまっていたようだ。

「大丈夫でしたか?」
と乃ノ子が打つと、

「今か……」
と入ってくる。

「あのあと、また夢を見ましたよ。

 古い木造の駅舎で、イチさんに人面犬を探せと命じられてました。
 伝言板のメッセージで。

 ジュンペイさんもいて、私は、シズと呼ばれていました」

「それは一代前のお前だな。
 静かじゃないのにシズって名前だった、そういえば。

 毎度、名前、微妙に外してるんだよな。

 今回はぴったりだが、漆黒の乃ノ子」

 『漆黒の』はついてません……、と思っていると、

「ところで、新しい都市伝説もニンギョウなのか?」
とようやくイチが訊いてくれた。

「ニンギョウの髪が一部伸びて、引っ張ると取れるらしいんです」

「それは、ただの不良品だろ……」

「そうかもしれませんね」
と乃ノ子も素直に認めた。

「もっと他の都市伝説はないのか」

「明日訊いてきますよ」

 乃ノ子は勝手に話を終わらせ、スマホを切った。

 何故、私は転生しながら、イチさんにこき使われているのだろうか。

『それは一代前のお前だな』

 毎度、外してるとか言ってたし。

 あの言い方だと、何代にも渡って、こき使われてそうだ、と思いながら、乃ノ子は目を閉じる。

 チャットアプリの前は伝言板。

 その前はなんだったんだろうな……と思いながら。




 燃え落ちる赤い神殿。

 かぶともなく、黒髪を振り乱した赤い大鎧おおよろい姿の男がこちらを見ている。

 私はちょっと笑って。

 そして、消えた――。




 朝、目を覚ました乃ノ子はイチにメッセージを送って訊いてみた。

「イチさん、鎧着たことありますか?」

「今か」

「今なわけないですよね……」

 この時代に大鎧着て歩いてたら、さすがに、どんなイケメンでも避けて通るな……。

 いや、地元を盛り上げたい商工会議所か観光協会の青年だと思われるだけかもな。

 最近、そういう催し物多いから。

 赤い鎧を着ていたイチは美しかったが。

 悲壮な顔をしていた。

 今のイチの方が楽しそうだなと思う。

 まあ、ただの夢かもしれないしな、と思いながら、乃ノ子は、
「今日、なんか新しい都市伝説仕入れてきますよ」
と打って、スマホをカバンに放り込んだ。

 
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