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幽霊タクシー

タクシーが来ました

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「そろそろタクシー来るかな」
と言うイチにうながされ、乃ノ子は一緒に日の落ちてきた坂道を下る。

 図書館下に来てくれるよう頼んだからだ。

 微かに残る夕日に照らし出された桜並木の緑を見ながら、乃ノ子は緊張してきたな、と思っていた。

 あの電話からタクシーを呼んだので、なにか出るかな、と思ってのことではない。

 なにごとも起こらず、タクシーがイチさんの家に着いてしまったらどうしよう、と思い、緊張してきたのだ。

 イチの秘密に、かなり迫れる気がしたからだ。

「……私の中の勝手なイメージなんですが」
と乃ノ子は語り出す。

「赤い提灯とかさがったりしてる中華街みたいな街の、狭い路地にある雑居ビルの探偵事務所に住んでる気がするんですが、イチさん」

「新興住宅地にあるまだ比較的新しい家だ」

 全然イメージ違うんですけど、と思っていると、
「実家はな」
とイチは言う。

「マフィアが隣に住んでて回覧板回してきそうなところにお前を連れてくわけないだろう。

 今から行くのは、俺の実家の方だ。

 親が俺の前世の因縁により、俺の親なら、きっとお前ともなんらかの因縁がある人間だろうから、お前と会わせるのも悪くないかと思ってな」
と言ったあとで、イチは、

「ああ、いきなり、誰々のかたき~っとかってうちの親に襲いかかってこられたら逃げろよ」
と言ってくる。

「すみませんっ。
 前世の私っ、何者なんですかねっ?」

 なにをやったんですかねーっ、と乃ノ子が叫んだとき、タクシーが交差している他の坂を下りてやってきた。

 乃ノ子たちが立っているのを見て、
「福原さん?」
と訊いてくる。

 すごく普通の、小柄で体格のいい、白髪まじりのおじさんだった。



「子どもの頃、焼きイモ売りに来ていたおじさんに似ています」

 タクシーの中で、ひそひそと乃ノ子はイチにタクシーの運転手さんの感想を述べていた。

「乃ノ子。
 たまたま呼んだら、この人が来ただけで、このタクシーに乗るとなにかがあるというわけではないからな」

 そんなイチとの会話が聞こえたらしい中田という運転手さんが笑って言ってきた。

「なになに?
 タクシーでなにかあったの?」

 そもそも、幽霊タクシーというのは、運転手が幽霊なのか、客が幽霊なのかわからない。

 この人が幽霊かも、と思いながらも、乃ノ子は言った。

「いえ、実は幽霊タクシーという都市伝説を聞きまして」

 まあ、正確には、まだ都市伝説にすらなっていない話なのだが。

「あー、幽霊ねえ。
 たまに乗ってるよね」
とすごく普通に中田は笑って言ってきた。

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