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幽霊タクシー

いや、そっちのほうが怖いんですけどっ

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「困るんだよねえ。
 あの人たち、料金払わないから。

 家に着いたあとで、またですかって言って、おうちの方が払ってくれることもあるけどね」

「そんなによくあるんですか?」

「僕はそんなにないけどねえ。
 霊感の強い人とかは、またやられたっ、とか、よく言ってるよ。

 たまに、酔った客が乗りそびれただけのときあるけどね。

 乗ったはずの客がいなくて、幽霊だったかと思って。

 また次の客を乗せようとぐるっと回ってきたら、まだそこにさっきのお客さんが立ってて。

 やっぱり霊だったのかと思ったら、
『なんで乗る前に行っちゃうの~』
 ってからまれたとか」

 そういうのありそうだな、と乃ノ子は苦笑いする。

 だが、イチは、
「オリジナリティがあまりないから駄目だな」
と言い出す。

「これぞ、言霊町の都市伝説! ってとこがないもんな」

「なんですか、その厳しい編集さんみたいな意見は」
と乃ノ子が言ったとき、中田が言ってきた。

「でも、そういや、珍しくお金置いてく幽霊乗せたって誰かが言ってたな。

 客は後ろにいるのに、助手席の辺りで、なにかがガサゴソしている音が聞こえてきて……」

 今、あなたの隣でゴソゴソしている、すねこすりみたいな感じですかね?

「後部座席には、黒ずくめの恐ろしいくらい綺麗な顔した男が乗ってたんだけど。
 途中で消えちゃったって」

 ん? と思いながら、横を見ると、イチが消えかけている。

「あのっ、もしかして、この都市伝説っ、犯人はあなたじゃないですかっ?」
と小声で揉めている間、中田は正面を見たまま、違う怖い話をしていた。

「そのようだな。
 タクシー乗ったはいいが、消えそうだったんで、お金置いてったな、つい最近」

「……お金置いてく幽霊。
 余計怖い気がしますが」

「だがまあ、大丈夫だ、今回はお前が乗っている。
 客が消えたって話にはならないさ」

「いやいやいやっ。
 二人で乗ったのに、一人になってるの、おかしいでしょうっ」
と乃ノ子は訴える。

 すると、三分の一くらい色が薄くなっているイチは窓の外を見て、

「おっ。
 ちょうど、あそこにさっちゃんが走ってるじゃないか。

 あいつを代わりに乗せておけ」
と言い出した。

 なるほど、頭にリボンをつけたさっちゃんが道を疾走している。

 速いので、みんな犬が駆け抜けたくらいにしか思わないかもしれない。

 というか、そんなものを見た自分を疑って、信じないに違いない。

「いきなり、タクシーの後ろに、ぽつんと人形がのってたら怖いでしょうが~」

「お前がいるだろうが。
 それに、あいつが、ぽつんとなんてしてるわけないだろ?」

 すぐに騒ぐか、いなくなるに決まってる、とイチは主張する。

「いやいやいやっ。
 それこそ、新たな都市伝説が生まれちゃいますよっ」

 しかも、お金置いてく幽霊より怖いです~っ!

 などと乃ノ子たちは揉め、中田が講談師のごとく怪談を語っている間に、イチの家に着いたらしく、タクシーはとまった。



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