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幽霊タクシー
都市伝説の正体
しおりを挟む「よ、よかった。
消えなくて」
なんとか消えないまま目的地に着き、イチがお金を払ってくれて降りた。
「今度また乗るときまでに、なんか仕入れとくよー」
と言ってくれる中田に、乃ノ子は、
「ありがとうございます。
タクシー以外の話でもいいですー」
と手を振る。
はいよー、と笑って、中田のタクシーは去っていった。
「イチさん、タクシー代払いますよ」
「いや、いい」
「じゃあ、半分出します」
「いや、いい」
「探偵の仕事、儲かってるんですか?」
「儲かってはいない」
じゃあ、と言いながら振り向いた乃ノ子は、イチの家の門を見た。
「……今、猛烈に払わなくていい気がしてきましたよ」
「これ、親の家だから、俺が金持ってるわけじゃないからな」
イチが蔦の絡まった門柱にあるチャイムを押す。
すぐに自動で鉄の門が開いた。
「あ~、そういえば、紀代たちが言ってましたよ。
ジュンペイさん、すごいお坊ちゃんらしいって」
乃ノ子はイチと一緒にその豪邸の門を潜る。
「な、実家は普通だろ?」
ライトアップした陶器などのある屋敷の中を歩きながら言うイチに、乃ノ子は言った。
「そうですね。
すごく普通の……高級住宅地の、
すごく普通の……豪邸ですね」
イチに連れられ、リビングを覗くと、夕食前のひととき、談笑して過ごしていたらしいイチの両親がいた。
品の良い紳士といった感じの父親。
イチとジュンペイによく似た美しい母親。
「なんでこんな平和で恵まれたおうちで育ったのに、こんなことに……」
と思わず、呟いてしまい、
「こんなことにってなんだ……」
と言われてしまったが。
いや、生まれたときから幸せを約束されていたようなイチが、何故、こんな生きているのか死んでいるのかわからない状態になってしまったのか気になったからだ。
「こんなもなにも、俺は最初からこんな感じだ。
この世にいるような、いないような……」
そうイチが呟いたとき、乃ノ子は彼の両親が驚いたように自分を見ていることに気がついた。
祈るように手を合わせ、二人は乃ノ子に近づいてくる。
やがて、涙を流しはじめた。
イチの母が乃ノ子を拝みながら言う。
「イチが彼女を連れてくるなんて初めてね。
早く言ってくれれば、なにか用意しておいたのに……。
――という普通の親子らしい会話をしたいんだけど。
なんで、私はあなたの彼女を見て、泣いて拝んでいるのかしら」
淡々としたその口調に、ああ、イチさんのお母さんって感じだな~と乃ノ子は思った。
イチはそんな母親には答えず、乃ノ子に言う。
「うちの親は、お前のかなり昔の知り合いだったようだな。
もうちょっと最近の知り合いなら、誰々の仇ーっとか叫びながら、お前に襲いかかってくるはずだから」
その辺の鎌とか持って、と言うイチに乃ノ子は叫んでいた。
「だから、前世の私は一体、なにをしてたんですかね~っ?」
晩ご飯までご馳走になり、また来てね、とイチの両親に送られた乃ノ子は、帰りのタクシーの中で、
「あのー、この都市伝説、都市伝説アプリのメモに書き込んでも大丈夫ですか?」
とイチに訊いてみた。
「イチさんですよね?
都市伝説の正体」
だが、イチは、
「まあいいんじゃないか?
また俺も消えることもあるかもしれないし」
と呑気なことを言ってくる。
また同じ現象が起こるかもしれないので、都市伝説として伝えておけと言うのだ。
いやいや。
消えない方法はないんですか、と思いながら、乃ノ子はフロントガラスに映る静かな夜の道を見て言った。
「そういえば、気になってる都市伝説があるんですよ。
例のトモダチが言ってたやつなんですけどね」
『夕方5時ごろ、救急車の赤い光を学校近くの交差点で見ると、知らない間に悲鳴を上げてしまう』
「具体的すぎるといえば、具体的すぎるというか。
ちょっと意味がわからないというか……」
「その都市伝説に遭遇しても、悲鳴を上げてしまうってだけなら害はないだろうけどな」
「……彼女、誰かから聞いたわけじゃないって言ってたんです。
だったら、それって、彼女自身の身に起こった都市伝説なんじゃないかなって思ったり。
だったら、そのせいで、彼女、ずっと、あそこにいるとか?」
彼女、何者なんでしょう……と乃ノ子は呟いたが、イチは窓の外を見ながら、
「何者って。
トモダチだろ、お前の」
と軽く言ってきた。
まあ、そりゃそうだな、と乃ノ子は変に納得する。
彼女がどんな理由であそこにいて。
なにを思って、友だちのフリをして、乃ノ子に話しかけてきたのか知らないが。
「……友だちは友だちですよね」
そう乃ノ子が笑ったとき、イチのスマホに電話がかかってきた。
「誰だろうな?
もしもし」
とすぐに出てイチは言う。
もしもしって言うのは、あやかしではない印……か、と思っていると、スマホを耳に当てていたイチが乃ノ子の耳にそれを当ててきた。
「え? 誰ですか?
今、なにか忘れ物してきたとか?
それかジュンペイさん?」
他にイチの電話に出る用などない気がして、そう訊く。
すると、スマホから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『もしもし、私、乃ノ子ちゃん。
オトモダチになってね……』
ひっ、と思った瞬間、乃ノ子はプチッと通話を切っていた。
スマホを手にしたまま固まる。
「……イチさん、今の声」
「お前だな」
と言いかけて、イチはハッとしたように外を見た。
車が山の方、あの図書館の方に向かっている。
二人は沈黙しているタクシーの運転手を見た。
若い運転手は青白い顔をして、ぼんやり前を見ている。
「おい、お前」
とイチが運転手に向かい、呼びかけた。
「行き先が違うようだが」
「そんなことありませんよ……」
「郵便局の近くまでって言ったろ?」
「こっちですよ、郵便局……」
「そっち図書館だろうが」
「……いいえ、こっちが郵便……」
そう言いかけ、運転手は泣き出した。
「すみません~っ。
間違えましたっ。
僕、先週からなんです、この仕事っ。
先輩が道間違えても、酔っぱらいなら気づいてないから。
こっちで合ってますよって言い切れって言うから~っ」
「いや、そもそも、俺たち酔っぱらってないからな……」
すみません~っ、と新米運転手は泣いている。
だが、話題がそれてよかった、と乃ノ子は思っていた。
今の電話、本気で怖かったから……。
「ほら、タクシーの運転手なら美味しい店知ってるって都市伝説があるじゃないですかっ」
それ、都市伝説なんだ……?
「僕、まだ知りませんけど。
先輩に訊いて、今度教えますから許してください~っ」
「俺たち、今度、いつ、お前のタクシーに乗るんだよっ」
とイチは、その運転手、日原と揉めていた。
乃ノ子は、今は街灯しか明かりがない図書館周辺を見上げる。
『もしもし、私、乃ノ子ちゃん。
オトモダチになってね……』
『幽霊タクシー』完
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