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0番線ホーム

追えっ、シズッ!  あかりなし蕎麦だっ!

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「追えっ、シズッ!
 あかりなし蕎麦だっ」

 そう叫びながら、真っ黒な外套がいとうを着たイチが屋台を屋台の主人とともに引いて走る。

「ま、待ってくださいっ。
 ってか、いちさんっ、その屋台、置いていったらどうですかーっ?」

 なんでこの人、出会ったら呪われるとかいう屋台をわざわざ追いかけてんだーっ!?

 着物に下駄という実に走りにくい姿でイチを追いかけていて。
 つまづいたところで、乃ノ子は目を覚ました。




「夢の中でまで、こき使われました……」

 早朝、そうイチにメッセージを送ると、

「知るか」
とすぐに返事が来た。

 まあ、そりゃそうだな。

 夢なんだから。

 でも、限りなく前世っぽかったけど、と乃ノ子は思っていた。

 大正時代っぽい格好をしたイチと自分。

 本所七不思議のひとつ、あかりなし蕎麦の屋台を追って走っていた。

 何故か別の屋台を引いたイチと、その屋台の主人とともに。

 しかし、今、その話をしても仕方ないか、と思い、乃ノ子は言った。

「……この間の電話、なんだったんですかね?」

 幽霊タクシーを追っていたあの日。

『もしもし、私、乃ノ子ちゃん。
 オトモダチになってね……』
とイチのスマホから聞こえてきた。

「そうだなあ。
 お前がなにかに呪われて、ニンギョウになって、あちこち電話かけまくってるとか?」

「なってませんし。
 此処にいますし。

 第一、なにに呪われてるんですか? その場合」

 二人で沈黙したあとで、同時に言っていた。

「……さっちゃん?」

 とさっちゃんに濡れ衣を着せたところで話は終わり、乃ノ子は学校に行く準備をすることにした。




 横目にあの自動販売機の方を見ながら乃ノ子が歩いていると、

「おはようございますっ」
と声がした。

 振り向くと、風香が立っていた。

「あれ、風香ちゃん、こっちだっけ?
 今まで出会ったことないよね?」

「そういえば、乃ノ子さんと出会うの初めてですね。
 今日、ちょっと遅かったので」
と風香は笑って言ってきた。

 もしもし? 風香さん?
と乃ノ子も笑顔で思う。

 意外に毒舌だな、風香ちゃん。

 いや、毒舌なつもりはないのだろう。

 彼女は、ただただ事実をそのまま述べただけだ。

 確かに今日は乃ノ子にしては早かった。

 早すぎた乃ノ子と遅すぎた風香が出会ったというだけの話だ。

「そうだっ。
 乃ノ子さん、聞いたんですよ、新しい都市伝説っ」

 これはぜひ、乃ノ子さんにお知らせしなければと思いましてっ、と拳を作って言う風香を、乃ノ子は、待った待ったと手を上げ、止める。

「あのさ、風香ちゃん。
 そろそろやめない?

 その敬語」

 ところが風香は困った顔をする。

「そ、それが何故かやめられないんですよ。
 何度か乃ノ子さんに言われて、やめようとしてみたんですけど。

 私には、この方が落ち着くので、すみません。
 しばらくこのままでお願いしますっ」
と風香は言ってくる。

 乃ノ子は、イチの両親に会ったときのことを思い出していた。

 あのとき、彼らは、いきなり自分を見て、涙を流し拝みはじめた。

「あのさ、風香ちゃん」

 はい? と風香が可愛らしい瞳でこちらを見上げてくる。

「私を見て、斬りかかりたくなったりする?」

 なんでですか、と言って、風香は笑っていた。

 ……よかった。

 乃ノ子は、ホッとした。

 なんだかわからないけど敬語を使いたくなると言うから、前世の知り合いかなと思ったのだが。

 イチが言っていたみたいに、いきなり斬りかかって来るなんてことはなさそうだ。

「で、その都市伝説って?」

 そう訊きながら、乃ノ子は、なんとなく振り返る。

 相変わらず、イチにいいように使われて、都市伝説を調べている乃ノ子を、あのトモダチが、にまにま笑いながら自動販売機のところから見ている気がしたからだ。



「0番線ホーム?」

 放課後、例の自動販売機の前で落ち合ったイチが、乃ノ子にそう訊き返してきた。

「そういう都市伝説があるんだそうですよ、言霊町に」

 乃ノ子は風香に聞いた都市伝説をイチに伝えたのだ。

「0番線ホームなんてあったっけ?
 なんか呪いのホーム?」
と言ったトモダチに、イチが言う。

「いや、0番線って、単に拡張工事で1番より手前とかにホームができたときに振る番号だろ」

 乃ノ子が頷き、
「米子駅だけは、ゼロ番って呼ばずに、レイ番って読むって言うんでしたっけ?」
と言うと、トモダチが、なんで? と訊いてくる。

「妖怪の産地だからじゃない?」

「産地じゃねえだろ……」
とイチに言われた。

「でもまあ、問題は言霊町の駅には0番線ってないってことですよね。
 そのホームから電車に乗ってしまうと帰ってこられないらしいですよ」
と言う乃ノ子に、

「ないよ、そんな電車」
とトモダチは言う。

「なにそれ、都市伝説としての、都市伝説への勘?」

「誰が都市伝説よ。
 そんなホームないし、そんなの作り話よ、きっと。

 だって、私、よく電車に乗ってた……


 ……乗ってた、

   気が、する……」

 うーむ、と考え込んでしまうトモダチに、そこ、思い出して~っと言ってみたが、駄目だった。



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