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0番線ホーム
これ、あやかしの手抜きでは?
しおりを挟む乃ノ子たちが乗り込むと、普通に扉は閉まり、列車は発車した。
霧の向こう、車窓から見慣れた夜の言霊町がうっすら見える。
「この電車、なんの力で動いてるのかわからないですけど。
私たちだけのために動いてると思うと、なんだかもったいない感じですね」
と言って、
「呑気だな」
とイチに言われる。
しばらく座りもせずに窓の外や車内を眺めていたが、何事も起こらなかった。
「実はこれ、ただの回送列車だとか」
そう乃ノ子が言うと、イチは電車の中にある路線図を見上げながら、
「そうだといいな。
だったら、線路沿いを歩いて帰って終わりの話だが」
と言ったあとで、
「とりあえず、乗務員室まで行ってみるか」
と言い出した。
「えっ?」
「誰が運転してるのか、気にならないか?」
誰がっていうか……。
なにが運転してるのかなって感じですよね、と思いながらも、乃ノ子はついて行った。
イチが車両を繋ぐ扉の窓から、先を確認しては、
「よし」
と言う。
それから二人で前の車両に移動する。
その行為を何度か繰り返したが、誰もいないし、なにも変わったことは起きなかった。
というか、いつまでも、同じことを繰り返してる。
何処までも普通の車両が続き、乗務員室には、たどり着けそうにもない。
「どんだけ長いんだ、この電車っ。
俺たち、三両目辺りに乗ったはずだよな?」
とイチがキレはじめた。
「実は、我々、あやかしに騙されてて。
あやかしの手抜きで、同じところを繰り返し歩かされてるとか」
イチの後ろをついて歩きながら乃ノ子が言うと、イチが振り返り、訊いてくる。
「あやかしの手抜きってなんだ……」
「我々を騙しているあやかしが、他の車両を作るのがめんどくさくて。
同じ車両の中をぐるぐる回らせてるとか。
中吊り広告なんかもありませんし。
同じところを回ってても、わかりませんよね」
扉を開けて、次の車両に行ったつもりで元の車両に戻っている。
或いは、二、三個の車両をぐるぐる回らせているのではないかと思ったのだ。
「……あやかしの手抜きかどうかはともかく、一理あるな」
と言ったイチが上着を脱いで座席のひとつに置こうとした。
これが次の車両か、その先の車両にあったら、同じところを回っているということになる。
だが、乃ノ子はその上着に手をかけ、置こうとするイチを止めた。
ぐるぐる回るっているのでなかった場合、取りに戻らなければならなくなるし。
最悪、消えてしまう場合もあるからだ。
だが、そのとき、乃ノ子は気づいた。
イチのぬくもりの残る上着の裏地に、見覚えのあるブランドのタグが見えていることに。
「此処のスーツ、うちの親も着てますよ。
ちょっとイメージ壊れてしまいましたよ、イチさん」
と呟いて、
「いや、なんでだ」
と言われる。
「イチさん、普通に名の知れた仕立て屋で仕立ててるんですね。
なんかあやかしがやってる店とかで作ってるのかと思ってました」
「……何処にあるんだ、そんな店」
と言いながら、イチは上着を羽織り直している。
ま、そりゃそうか、と乃ノ子は思った。
この人、突然、現れたり消えたりする以外は、意外と普通の人だもんな。
いや、突然、現れたり消えたりするだけで、すでに普通でない気はするのだが……。
そんなことを考えながら、乃ノ子は扉近くにある座席の前にしゃがんだ。
ポケットから黒いゴムを取り出す。
学校でたまに髪を結ぶときに使うやつだ。
ねじって、子どもが描いた蝶々のような形にして、座席に置く。
「これで、私が置いたゴムってわかりますよね」
じゃ、行きましょうか、と言って、乃ノ子は立ち上がった。
「お前、なんか賢さが上がってないか?
前世の記憶が蘇ってきてるからか?」
車両の中を歩きながらイチがそう言ってくる。
いや、服の代わりにゴム置きましょうと言っただけで、そんなこと言われるなんて。
イチさんの中の私は、どんな感じだったんですか……、
と思いながら、ちょっと興味もあって、
「上がったってどのくらいですか?」
と乃ノ子は訊いてみた。
「20くらいかな」
「……それ、偏差値と同じ感じだとしたら。
20上がる余地があったってことが怖いんですけど。
私の元々の知能、どのくらいの想定だったんでしょう?」
などと揉めている間に、車両を5つくらい通り抜けていた。
「ないですね、ゴム」
乃ノ子は扉手前の座席を確認して言う。
「どうやら、ほんとうに前に進んでるようだな。
なのに、なんで先頭に着かないんだ。
乗務員室にいる奴が顔を見られたくないとかか?」
そうイチが言ったとき、またあの知らない曲が流れてきた。
列車のスピードが落ち、駅に着く。
このままこうしていても仕方がないので、とりあえず、降りてみた。
新しい駅のようだが、人の気配はない。
駅員もいないようだった。
「……0番線ホーム」
ホームにある表示を見上げ、乃ノ子は読み上げる。
しかも、普通の電車に乗っていたはずなのに、此処は地下鉄の駅のようだった。
イチは周囲を見回し、
「作ったはいいが、ほとんど使わないままの駅って結構あるらしいな」
と言ってきた。
止まっている電車の窓越しに向こう側の壁を見る。
普通の駅なら広告があるはずの場所だ。
「駅に広告ないの変な感じですね」
「此処貼っても、客、見ないからな。
だが、見てくれるのなら、幽霊駅にでも貼りに来そうだぞ、広告代理店。
ところで、どうする?」
「え?」
「扉はまだ開いたままだぞ。
引き返すなら今だ」
誰も乗っていない、ガランとした列車を指差し、イチは言った。
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