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「ふっかつのじゅもん」

夢にはなにかの意味がある

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「見知らぬ町ねえ。
 まあ、知らない場所といきなり波長が合って夢に見ることもあるかもしれないが。

 あいつの場合は違うんじゃないか?」

 休み時間、今朝の彩也子の話をイチにメッセージで送ると、すぐにそう返ってきた。

「熊川彩也子はあの場所になにかこだわりがある。
 だから、身体は元に戻っても、魂の一部があの場所に残ってるんだ。

 本人は記憶にないと言っているが、ほんとうは来たことあるんじゃないのか?」

「……じゃあ、なんで忘れてるんでしょうね」

「弁当屋と自販機を夢で見たのなら、お前みたいに前世の記憶とかいうわけでもないだろうしな」
と言うイチに、

「そうだ。
 前世の夢かどうかは知らないですけど。

 今朝、怖い夢を見たんですよ」
と十二単を着た自分と目が合いそうになった話をする。

「それは、今の自分を反省し、見つめ直せという啓示なんじゃないのか?」

 紀代と似たようなことを言ってくるイチに、乃ノ子は言った。

「イチさんも夢占いとか信じるんですね……」

「ま、夢占いというか。
 夢には大抵、なにかの意味があるからな。

 深層心理を表してたり――」

「私の友だちに、海にギョーザがたくさん泳いでる夢をよく見る人がいるんですけど」

 その場合、どういう深層心理なんだ……と乃ノ子は思う。

「……ギョーザは知らん。

 だが、夢には確かに、力があるんだ。
 だから、簡単に人に語ってはいけない。

 宇治拾遺物語にもそういう話あったろ」

「ありましたねえ。
 他人の吉兆の夢を自分のものにして、出世する話ですよね」

 夢を盗られた男の方は出世できなかったようだった。

「その夢、現実にすんなよ、乃ノ子。

 もうひとりのお前が起き上がってくるとか。
 厄介な奴が二人になったらどうしてくれる」

 そんなイチの言葉に、洞穴内の冷えた空気までリアルに思い出したとき、チャイムが鳴った。



 自分が自分と向かい合う夢って、なんで、あんなに怖いんだろ。

 もうひとり自分がいたら、自分の方がニセモノみたいな気がしてきちゃうからかな?

 そんなことを考えているうちに学校は終わり、放課後、自動販売機の前を覗いてみたが、彩也子はいなかった。

 この時間帯は現実リアルの生活が忙しいのかもしれない。

 そういえば、ジュンペイさんも最近見ないけど。

 まあ、芸能人だし、忙しいよね、と思いながら家に帰ると、

「乃ノ子ー。
 あんた、暇なら、おばあちゃんちに巻き寿司持ってって。

 今日、作ったからお裾分すそわけ」
と母親に言われた。

 はーい、と紫の風呂敷に包まれた巻き寿司を手に、家を出る。

 弟の慎司しんじも誘おうかと思ったが、部活が終わってないのか、まだ帰ってきてはいなかった。



 乃ノ子はバスに乗り、祖母の家に行った。

 歩いても行ける距離だったが、たまたまバスが来たので、乗ってみたのだ。

 弟だったら、
「走れよ、それくらい。
 トレーニングになるだろ」
と言いそうだったが。

 でも、イチさんとか彩也子とかだったら、
「めんどくさい」
と言って、この距離でもタクシーで行きそうだな。

 タクシー呼んでる間に歩いていけそうだけど、と思い、乃ノ子は笑う。

 膝に置いている紫の包みからは酢飯の甘くてすっぱい匂いがしていた。



 イチの実家があるのと似た感じの住宅地に祖父母の家はあった。

 広い庭に入ると、祖母、春江はるえは着物に襷掛たすきがけして、蔵の片付けをしていた。

 いや、片付けているのは、使用人の人たちだが。

「あら、乃ノ子が巻き寿司持ってきてくれたの?」

 うん、これ、と渡すと、
「アップルパイ焼いてあるから、沼田さんに行って出してもらいなさい」
と春江は言ってくる。

 いつもしゃきっと背筋が伸びた春江は乃ノ子の自慢の祖母だった。

 昔の漫画とかに出てくるおばあさんって、ほんとうに、おばあさんな感じに描いてあるけど。

 実際は、私くらいの年のときは、おばあちゃんって、まだまだ若いよね、と乃ノ子は思う。

絵美えみさん、巻き寿司だけは作るの上手いからねえ」
と褒めているのか、ディスっているのかよくわからないことを春江は言う。

 そんな春江の仕事は、料理研究家だ。

「ところで、なんで蔵の掃除してんの?」

「定期的に片付けないと、すぐ物でいっぱいになるし、埃もたまるからねえ。
 乃ノ子、あんた、部屋はちゃんと片付け……」

「沼田さーん、アップルパイいただいてもいいですか?
 いつもの洋室でお願いします~」

 乃ノ子は話をそらすように、ちょうどやってきた家政婦の沼田に言った。


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