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暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~

お料理ノートを探すことになりました

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「静の家を調べる?
 なんのために」

 寝る前、イチにメッセージで今日のことを報告すると、そう訊き返してきた。

「静が書き残した大正時代のお料理ノートをおばあちゃんが欲しいらしくて」

「料理ノートって言ったって。
 お前のは美味いとか不味まずいとか書いてるだけで、作り方とか書いてるわけじゃないから、役に立たないだろう」

「でも見たいらしいんですよ。
 って、イチさん、もしかして、見たことあるんですか? そのノート」

「いや、書いてたな、くらいの記憶しかないな。
 にしても、お前のばあさん、前世うんぬんの話を信じたのか?」
とイチは意外そうに訊いてくる。

「いや~、どうなんでしょうね」
と乃ノ子は苦笑いなスタンプを送った。



「なんとかして探しなさいっ。
 その前世のあんたの生きたあかしのノートをっ」
とあのとき、春江は言ってきた。

 いやいや、おばあちゃん。
 別に私は、美味しいもの日記で生きた証を残そうとしたわけでは……。

 っていうか、あの店のあれが美味しい、これが不味い、が自分が生きてきた証のすべてだとか。

 いや、おばあちゃんみたいな料理研究家の人には大切なことなのだろうが。

 私には他にもっと。

 もっとなにか、すごく大切なことがあった気が……と乃ノ子は思っていたが。

 春江の勢いと迫力に勝てるわけもなく、それがなんだったのか思い出せないでいるうちに、ノートを探すことを約束させられていた。

「私に協力できることがあったらするから言いなさいよ」
と春江に言われ、ジュンペイにも、

「僕もなにかできることあったら手伝うから」
と同情気味に言われた。



 そんなことを思い出しながら、乃ノ子はイチにつづきのメッセージを打つ。

「でも、ちょっと怖いですね。
 大正って、そんなすごく前じゃないですよね?

 百年ちょいくらい?

 昔の私が生きてたらどうしたらいいんでしょう」

「莫迦か。
 生きてたら、それ、お前じゃないだろ」

 ……そ、そういえば、そうですよね。

 生まれ変わってないわけですもんね、と乃ノ子は苦笑いする。

「イチさんは覚えてるんじゃないですか?
 静の素性」

「俺もそんなにハッキリ覚えてるわけじゃない。

 もし、ほんとうに調べる気なら。
 遠縁とか調べてみろ。

 わりと親戚筋とかに生まれ変わることが多いようだぞ」

 近い身内なら、すぐにわかるはずだから、遠縁、と言ったのだろう。

 静がいつ頃まで生きていたのかは知らないが。

 そんなに昔の話ではないはずだ。

 名前くらい耳に入っていてもおかしくないのに、静という人物の話は聞いたことがない。

 だから、同じ血筋に居るとしたら、やはり、遠縁の家の誰かなのだろう。

 静って名前、結構居そうだから、範囲広げて調べたら、二、三人は出てくるかも。

 でも、私が生まれてもまだ生きてた人は除外できるわよね?
と思ったとき、

「乃ノ子」
とイチが入れてきた。

 だが、先の言葉はない。

 なんだろう、とスマホを見つめ、イチからの返事を待っていると、

「前世を深掘りしない方がいいぞ。
 知らなくてもいいことまで知ってしまうかもしれない」

 そうイチは入れてきた。

 乃ノ子が返事を打つ前に、
「おやすみ」
と入ってくる。

 乃ノ子は慌てて、可愛いおやすみなさいスタンプを探して送った。

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