都市伝説探偵 イチ ~言霊町あやかし通り~

菱沼あゆ

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暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~

過去は過去 今は今

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 何故だろう。
 婚約者は潤一さんの方だったと聞いても。

 記憶が完全に戻っていなくても。

 私は、自分の夫は壱さんだったと確信していた。

『静お嬢様は駆け落ちなさいました』

 そう聞いていたからだけではなく――。

 帝都が雪で真っ白になったあの日、私は壱さんと駆け落ちした。

 指先がしびれるほど寒かったあの日を思い出す乃ノ子にイチは言う。

「過去は過去。
 今は今だ。

 別に前世に縛られる必要はないからな。

 俺も毎度思うんだ。
 今度はたぶん、好きにはならないと」

「……毎度言ってるんですか」
と乃ノ子は苦笑する。

「毎度だ」
と言ったイチは珍しく少し赤くなったように見えた。

 今度はたぶん、好きにならないと毎度言ってるということは。

 なんだかんだで、毎度、最後にはお互いを選んでいるということだ。

 イチは乃ノ子を見ずに、後ろの窓を向いて言ってくる。

「お前は年々マヌケになるから。
 最初のお前からどんどん遠ざかっていって。

 神々しさのカケラもなくなっていっている。

 だから、毎度思うんだ。

 今度は、きっと好きにはならないと――」
 


 その冬初めて、東京に降った雪はかなり積もって。

 静たちは歩き慣れない雪道を歩いていた。

 外套から伸びた壱の大きくて温かい手が凍えそうな静の手をつかんでいた。

 雪のせいか、車も走っていない夕暮れの道。

 壱はこちらを振り向かないまま言ってくる。

「俺はこの世界に長くは留まれないかもしれないぞ、シズ」

 自分はこの世に生きていて、生きていないものだから、と壱は言う。

「……わかっています」

 後ろをついて行きながら、静は言った。

 今、しっかりと自分をつかんでくれている大きなこの手が、そう遠くない未来に消えてしまうことを私は知っている。

 でも……。
 


「行けばいいよ、静さん。

 どうせ、そう長い間じゃないよ」

 そう言って、潤一は少し笑い、駆け落ちしようとしている静を止めなかった。



 乃ノ子は思う。

 あのあとの私たちがどうなったのか知らない。

 でも、あの雪の道を歩く私は幸せだった。

 外套から伸びたその手が遠からず消えて、ひとり取り残されることを知りながらも――。



 あのノートが見つからなくても。

 壱さんと暮らした日々こそが、短くてもきっと、私の生きたあかし
 


 ……なのは、あくまでも、静の話だ。

「イチさん、いい酒、手に入ったんですよ。
 おや、乃ノ子さん、いらしてたんですか」
と酒を手にした後藤たちが事務所にどやどやとやってくる。

 騒がしい日常。

 あの静かな雪の日からは随分と遠い。

 だから……

 今、私がイチさんを好きになるかどうかは、また別の話だ、きっと。

 静と壱は、あくまでも過去の自分たちで。

 今の私とイチさんとは違うから。

 そう乃ノ子は思う。

「こらっ、お前らっ。
 乃ノ子に呑ませるなっ」
と乃ノ子にまでグラスを渡そうとする蓮川はすかわをイチが止めていた。

「そうだ。
 イチさん、いい都市伝説を聞いたんですよ」

「……いい都市伝説ってなんだ」
と後藤に言うイチに、乃ノ子は訊いてみる。

「そうだ、イチさん。
 なんであの頃の壱さんも都市伝説を調べてたんですか?」

 すると、壱は、ぐっと詰まったあとで、ものすごく嫌そうに言ってきた。

「……お前が楽しそうだったからだ」

「は?」

「シズが楽しそうだったからだ。
 都市伝説というか、街の噂話を集めるのは仕事のひとつではあったんだが。

 仕事関係なしに怪奇現象を追っていたのは、シズが楽しそうだったからだ」
と言うので、笑ってしまった。

「……今やってるのは仕事だぞ」

 壱がそう念押しするように言ってくるので、

「わかってますよ」
と言って、乃ノ子はまた笑う。



 過去は遠く。
 今の時代は穏やかだ。

 このまま、この世界が続いていけばいい。

 イチさんが居て、みんなが居て。

 このままずっと――

 乃ノ子はそう思っていた。

 

 蓮川たちとまた怪しいゲームを始める乃ノ子を見ながら、イチは思い出していた。

 乃ノ子には過去は過去だと言いながら。



 雪の中、静の手をつかんで歩いたあの日のことを――。



 あの日、壱は屋敷を抜け出して来た静の手を引き、歩いていた。

 らしくもなく、彼女を連れて逃げようとしているという恥ずかしさから、彼女の方を振り返らないまま。

 でも、振り返らないままだと、手の先で違うものに変化へんげしてそうで怖いな、とも思っていた。

 なんせ、こいつの原型は、あのイサキだからな。

 そう怯えながら、そうっと振り返る。

 すると、自分と手をつなぎ、歩きにくそうに下を見ながら歩いていた静が顔を上げ、へらっと笑った。

 壱は照れたように、またなにも言わずに前を向く。

 その時期にしては珍しく。

 雪は三日三晩降り続けた。

 逃げていく自分たちの、罪の足跡を消し去るように――。





                          『暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~』完



              一部 完


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感想 2

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みんなの感想(2件)

johndo
2022.01.07 johndo

24話まで読んだところで、どうしても感想が書きたくなりました!

え⁉︎え、え⁉︎
生まれていないはずのお兄さん⁉︎

イチさんが⁉︎

だから、大学で鏡に映らなかった⁉︎

わー!この先どうなる⁉︎
展開が予想つきません‼︎

2022.01.07 菱沼あゆ

johndoさん、
ありがとうございますっ(*^▽^*)

ようやくイチも登場して、話、かなり核心に迫ってきました(^^;

年末年始あんまり更新しなかったので、今、ちょっと巻き気味で更新してます~。

解除
johndo
2022.01.01 johndo

おおっ!新作‼︎
これまた、面白くなるしかない始まりですね!
あやかし駄菓子屋商店街と、更新が楽しみな作品がまた増えました!

2022.01.01 菱沼あゆ

johndoさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)

両方、ゆる~く更新しようかなと。
頑張りますねっ╰(*´︶`*)╯♡

解除

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