眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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いろいろと迷走中です

サングリア ~聖なる血の酒~

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 そのあと、奏汰がソファに座り、壁にかけられた大型テレビでニュースを見ていると、つぐみがすうっと近寄って来た。

 後ろ手になにか持っている。

 ……鈍器か?

 今、酒を作ってやったのに、と思ったが、本のようだった。

 スカートの後ろから、チラと見えるその表紙の色には覚えがあった。

 さっきの催眠術の本だ。

 まさか、俺にかかれというのか……?

 つぐみっ。
 俺は鳥にはなれんぞっ!
と思いながら身構えていると、つぐみは、やけに愛想のいい笑顔を浮かべ、言ってくる。

「奏汰さん、今日、図書館で催眠術の本を借りてきたんですよ」

 そこはしゃべるのか……?

 素敵な笑顔で、
「かけてみてもいいですか?」
と言ってくるつぐみに、警戒しつつも、

「……いいぞ」
と答える。

 断ったら、次はどんな手段に訴えてくるかわからないからだ。

「あ、貴方はだんだん眠くな~る」
と目の前で、わざわざ縛り付けてきたのだろうか、紐に吊るされた五円玉を振り始めた。

 古典的だな。
 さすが図書館の本、古いようだ、と思いながら、じっと見つめていると、その向こうで、つぐみがやたらと真剣な顔で五円玉を見つめている。

 お前が寝るなよ、とちょっと笑いそうになってしまったがこらえた。

「ね、眠くな~る」
 寝ない自分に焦ったように、つぐみは激しく五円玉を振り、身を乗り出してきた。

 ……近いぞ、つぐみ。

 こいつから、こんな積極的に自分に近づいてきたことはないような、と思いながらも、なんとなく後ずさってしまう。

 だが、
「眠くな~るっ!」
ともはや、催眠術というより、寝ろっ、と命令する勢いで近づくつぐみは、自分をほぼ押し倒していた。

 嬉しい以前に怖いっ。

 今、眠らないと、何処からか、束にしてある五円玉を出してきたつぐみに撲殺されそうだっ!

 身の危険を感じた奏汰は、一瞬、迷って、……ぱた、と寝てみた。

「えっ?
 か、……かかったっ?」

 かかるかっ、と思ったが、そのままじっとしていた。

 っていうか、催眠術って、寝かすのが目的じゃないだろ。

 このあと、なにかないのか? と思ったが、ないようだった。

 自分の上から降りたつぐみは、ソファからも降り、自分で催眠術をかけたはずなのに、困惑している。

「よ、よかった。
 ……けど、どうやって起こすんだろ?

 このまま起きなかったらどうしたら?」
と心配してくれている。

 つぐみはソファの前に、腰を下ろし、自分の顔を眺めているようだった。

「本当に寝ちゃったのかなー。
 疲れてるのかなー?」

 確かに、どっと疲れるよ、お前と居ると、と思っていると、つぐみは何処かへ行ってしまった。

 ちょっと待て。

 俺は、いつまでこうしてればいいんだ?
 つぐみが寝るまでか?
と困っていると、つぐみが、うんせうんせとなにかを運んできた。

 布団のようだ。上にそっとかけてくれる。

 こういうのっていいな、とちょっと思ってしまう。

 催眠術で寝かされたのに……。

 もう一人暮らしをして長いが、家族が居るって感じがするな、と思っていると、つぐみがまたなにか運んできた。

 自分が寝ているソファの下に布団を敷いているようだった。

 まさか、此処から転がり落とす気か? と思っていると、どうもそれは、つぐみが寝るためのもののようだった。

 何故、寝かせておいて隣りでっ?

 よくわからない女だ、と思っていると、つぐみはその布団に膝をつき、自分の顔を覗き込んでくる。

「本当に寝てるのかな~?」

 寝てるわけねえだろっ、と思っている自分の前で、つぐみは、
「こうしてると、綺麗な顔してるのに、いろいろと残念だなあ」
と呟いていた。

 なにがだっ?

 狸寝入りなどするものではない。

 妻、いや、まだなってはいないが、妻っぽいものの本音が聞けてしまう。

 いや、まあ、昼間充分聞いたが……。

 つぐみが、とととととっと何処かに消えたと思ったら、リビングと続きになっているキッチンに行ったようだった。

 薄目を開けて見ると、残っていたサングリアを呑んでいるようだった。

 まだ呑んでるのか……。

 つぐみは、残っていたフルーツにボトルからサングリアを継ぎ足し、グラスを眺めて、にんまり笑っている。

 サングリア。
 聖なる血の酒、か。

 ……気に入っていただけたようで、なにより。

 つぐみは洗面所に行き、歯を磨いたりして、寝る準備をし始めた。

 鼻歌が聞こえてくるぞ、おい。

 俺を寝かせて、ご機嫌だな……と思っていると、すっかり寝支度を調えたつぐみが、側に来て、また顔を覗き込んできた。

 寝てると不用意に近づいてくるな~。

 襲ってやろうか、と思ったとき、つぐみが寝ている自分に呼びかけてきた。

「ねえ、社長」

 まだ社長と呼んでるな……。

「……なんで私なんですか?
 たまたまそこに居たからですか?

 そう言うのって――」

 なんか嫌です、とつぐみは言う。

 理由があったらいいのか?

 理由があったら、俺を好きになってくれるのか?

 いや、別に好きになって欲しいと願って、此処に呼んだわけではないのだが、と言い訳のように思う。

 つぐみ、と手を伸ばし、抱き寄せたかったが、目を覚ましたら逃げてしまうのがわかっていたので、そのまま目を閉じ、じっとしていた。

 つぐみは、
「おやすみなさい」
と寝ようとして、いや、待てよ、と起き上がってくる。

「意外に寝相が悪くて落ちてくるかも」
と呟いて、布団を引き離していた。

 待て、俺の寝相は悪くない。

 知らないだろ、お前。

 一度しか一緒に寝たことないから。

 ……おやすみ、つぐみ。

 だが、つぐみの小さな寝息がすぐ側から聞こえてきて――。

 まあ、なんだかちょっと眠れそうにないんだが……、と思っていた。


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