ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

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月末までに、お前を払ってもらおう

世界一、難しい結婚

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 桔平は真珠から手を離し、冷蔵庫からペットボトルの炭酸水と水を持ってきた。

「どっちがいい?」
「あ、じゃ、じゃあ、水で」

 炭酸水を飲む桔平を見ながら、

 飲み物飲んだら、落ち着いてくれないかな、と思う。

 ドバイは砂漠の国だが、ミネラルウォーターの産地でもあり、水道水も飲める。

 水は、まろやかで日本人好みの味だった。

「いい国ですよね」

 少し落ち着いた真珠は、サメがいなくなり、平和になった感じの海を見ながら、そう呟いた。

「そういえば、ドバイのパトカーってスーパーカーが多いですよね。

 ランボルギーニとかフェラーリとか。

 日本のGT-Rも見ましたよ。

 すごいですよね。
 空飛ぶバイクも導入するそうですし」

「いや、お前、警察への連絡方法もわからないのに、そんなことは知ってるのか」

「パトカーのこととかは、たまたまテレビかなにかで見ただけです。
 ドバイに来ることになるだなんて思ってもいなかったので、警察の番号なんて調べてませんよ。

 ……あなたがドバイにいたのも知りませんでしたし」

「まあ、ここにずっといるわけじゃないけどな」

 素っ気なく桔平は言う。

「あの、結婚とかされないんですか?」

 そう言うと、桔平は不思議そうにこちらを見た。

「結婚なら、お前としてるだろう」

「いえ、そういう名ばかりの結婚ではなくて。
 ちゃんとした結婚をしたいと思ったりされないのかなって」

 あのときはまだ、仕事もしはじめで、結婚なんて考える暇なかったから、私に偽装結婚を持ちかけてきたのかもしれないけど。

 今は落ち着き払った立派な経営者になっているように見える。

 そろそろ、ほんとうの結婚をしてもいいと思いはじめているのではないかと思い、訊いてみたのだ。

「……ほんとうの結婚か」

 海中を見ながら、桔平は言う。

「確かに、したいと思っているよ」

「そうですか、では」
と真珠は立ち上がった。

「何処へ行く?」
と見上げる桔平に、

「そういう方がいらっしゃるのなら、私はここにいてはいけないかなと思いまして」
と真珠は言う。

「……ここ、海の上だぞ、どうやって帰るんだ」

「……泳いでですかね?

 それか因幡の白兎みたいに、どんどん隣のヴィラに飛び移ってって、陸地を目指すとか」

 並んだワニの背を飛び、海を渡ろうとして失敗したウサギに例え、真珠は言ったが。

「……途中で、ワニじゃなくて、サメに襲われるんじゃないか?」

 阿呆なこと言ってないで座れ、と言われてしまう。

「そうじゃない」

 そうじゃないんだ、真珠、と桔平は言う。

「俺もようやく落ち着いてきたから。

 ……俺とちゃんと結婚しないかと訊いてるんだ」

「えっ?」

「名ばかりの夫婦じゃなく。
 俺と暮らさないか。

 日本にいることはあまりできないかもしれないが」

「な、何故ですか?
 ちゃんと結婚されたいのなら、他のちゃんとした方を探されたらいいじゃないですか」

「お前で一応、ちゃんとしてるだろう。
 出自も悪くないし、礼儀作法もきちんとしている。

 ……なにより、お前のご両親は立派な方だ」

 えっ?
 娘を売り飛ばしたあの父もですかっ? と思ったが、桔平は、

「お前をちゃんといい娘に育て上げているじゃないか」
と言う。

 確かに子どものころは、
「僕の大切なお姫様。
 幸せになるんだよ」

 そう言って、父は大事に育ててくれた。

 でも、会社が困ったら、簡単に私をあなたに売り飛ばしてしまったんですよ……。

 そう思いながら、
「私にだって、夢はあったんですけどね」
と真珠は愚痴る。

「なんの夢だ」

「素敵な結婚をするとかですかね?」

「ほう。
 どういうのがお前が思う素敵な結婚なんだ」

「そうですね~。

 まず……

 まず、必要なのは、素敵な旦那様ですかね?」

 特に深くは考えていなかったので、そんな当たり前のことを言ってしまう。

「……ザックリしすぎてるな。
 素敵な結婚とか、素敵な旦那とか。

 そもそも、一体、どういうのが素敵な旦那なんだ」

「そうですね。

 まあ、やさしい人で……

 やさしい人で……

 まあともかく、私が好きになった人ですよ」

「他の条件は?」

 ありません、と真珠は言った。

 桔平はちょっと困った顔をして言う。

「……それは世界一難しいな」
と。

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