ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

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スークと砂漠に行きました

スークに行きました

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「……やっぱり、鯛めしですかね」

「なんの話だ?」

 いや、今朝の夢の話ですよ、と渡し船を待つ真珠は思う。

 まあ、夢に出ていたのは、サメだったのだが。

 つい、もし、鯛かマグロが咲いたら、と妄想してしまい、『調理するなら、鯛めし』まで行きついてしまっていたのだ。

 だが、そこまでの過程を桔平に語らなかったので。

 真珠は、自分が口を開いたときに、桔平がいつも見せる戸惑っているのか呆れているのかわからない表情をまた見ることになってしまった。

 ちょうどそこで、真珠たちの順番が来たので、渡し船に乗り込む。

 ドバイが近代化する前の景色をとどめているオールドドバイ。

 そこにある伝統的な市場、スークに向かうためだ。

 大きな川を渡る渡し船は、アブラという赤い屋根のついた小さな船だった。

 ベンチに腰掛け、外を向いて座るのだが、船には柵もなにもない。

 今にも川に転げ落ちそうだ、と真珠は緊張して乗っていたが。

 桔平は桔平で、

 こいつ、落ちそうだ……とでも思っているのか、真珠の腕をガシッと強く握っていた。

 アブラは満席になったら出発するらしいのだが、ひっきりなしに人が来るので、どんどん出港する。

 大きな川のあちこちに、この赤い屋根の渡し船がいて、いろんな国の人が乗っていた。

 天気がよく、風も冷たくなく、いい感じだ。

「なんか楽しいですね」
と真珠は桔平に微笑みかける。

 狭いので、真横に座っている桔平の顔は近い。

 桔平は少し照れたように言ってきた。

「そうか。
 まだ着いてもないんだが……。

 まあ、お前が楽しいのならよかった」

 運転手さんは床に空いている穴の中に立ち、その中にある舵を足で操作して船を走らせている。

 ……器用だな、と思いながら、ビル群が建ち並ぶ今のドバイの街からは想像もつかない、対岸の旧市街の町並みを眺めているうちに、船着場に着いていた。



 ドバイ三大スークのうちのひとつ、スパイススークをまず覗いてみる。

 着いた途端、すごい匂いがした。

「……立ってるだけで、甘いような辛いような、ピリピリするような。
 勝手に口の中になにかを突っ込まれた感じです」
と言って、桔平に笑われる。

 道の両側には、ずらりと店が並んでいて。

 樽や麻袋に詰められた大量のスパイスが所狭しと並んでいる。

「こんなにスパイスあっても、なにに使っていいのかわかりませんね」

「そもそもお前は料理をするのか」

 ……料理っていうのは、どの辺からが料理なんでしょうね、と真珠は思っていた。

 火を使えば料理なら、ただあっためるだけも料理ですよね、と思いながら、乳香を眺める。

「欲しいのか?」
と桔平が訊いてきた。

「ドバイといえば、サフランと乳香と聞きましたので」

 高価なサフランがここでは比較的安価に手に入るらしいのだが。

 料理はしないので、そっちには、あまり興味はない。

 じゃあ、買ってやろうと言って、桔平は言い値で乳香を買っていた。

「あの……こういうところは、値切るのも醍醐味だと思うのですが」

「値切るの面倒くさいし、時間がもったいないだろ」

 しかし、この手の市場は、そもそも値切られること前提で値段がついている気がするのだが……。

 面倒くさいのも時間がもったいないのも本当だろうが。

 そもそも、この人、お店で値切ったことってないじゃないかな? と思う。

 いや、私もないんだが……と思いながら、
「ありがとうございます」
と真珠は礼を言った。

 いや、と照れかける桔平に、
「乳香って、昔は、ミルラと一緒にミイラの防腐剤に使われてたんですよね」
と言って、

「もうちょっといい話はないのか」
と顔をしかめられる。

「いえいえ、歴史のロマンを感じます。
 ありがとうございます。

 ……いい香り」

 真珠はその白い石のような塊がザラザラ入った透明なケースを眺める。

 ケースの中からでも、スパイシーな甘い香りがしていた。


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