あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

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#1-③

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 バンッ、と音を立てて扉を乱暴にしながら入ってきたのは憲兵たちだった。先頭でまるで戦争を仕掛けに来たかのように息巻いている男をアーシェンはぎろりと睨む。シュートと比べて一回り小さいその男はかまわずグリアに縄をかけた。

「…執事長、この者たちは?」
「はい、制止も聞かず押し入ってきました。憲兵の第三部隊です」

「第三?」

 憲兵は主に貴族の次男、三男で構成されているが、もちろん平民もいる。しかるべき教育を受け、一介の騎士として貴賤はないと名分があるものの、第一から第五まである部隊はそれぞれ仕事が異なり、そこにははっきりとした区別がある。第一は高位貴族の次男、三男が所属し、皇族に一番近い警備などの仕事を。逆に第五はほとんど平民で構成され、王都の外れの平民街の治安警備を。

 第三部隊下位貴族の次男、三男や腕のいい平民で構成され、下位貴族の相手をする部隊のはずだ。なぜ彼らが公爵家にいるのかがわからず、アーシェンは首を傾げた。

「あなたたち…なにをしていますの?」
「見ての通り、罪人の護送ですが?」
「…名乗りもせず?」
「はっ。公爵家の私生児のくせによく言う。この罪人を連れて行くようにと言われたのはクルート公爵令嬢だ。お前は黙ってそこに座ってろ」

 腰の剣に手をかけるシュートをアーシェンは右手を上げて制し、わなわなと震える執事長に目配せした。

「恐れながら。ここにおられますお嬢様こそ、クルート公爵令嬢、アーシェン様でございます。知らぬこととはいえ、無礼にもほどがあるのではありませんか」
「なっ、嘘を言え! そんなわけがないだろう! 今日は公爵令嬢の成人の祝いの夜会が開かれていると聞いた。主役がここにいるわけが…」

 なるほど、貴族とはいえ王都の端の、下級貴族の三男ともなればクルート公爵家の一人娘を知らないのも無理はない。その公爵家で無礼を働ける度胸には感服するが。

「…そこまでだ」

 開かれた扉の横に立つ執事長の後ろから顔を出した憲兵騎士団長は、問答無用で無礼な男に拳骨を落とし、アーシェンの前に跪いた。

「まことに申し訳ありませんでした。ここにはもうしばらくして第一部隊を派遣する手筈だったのですが、手違いで大変なご無礼をしてしまいましたこと、ここに陳謝いたします。どんな罰でも甘んじでお受けする所存です」
「だ…団長…?」
「リエル団長。この者たちはどうしてここに?」
「お恥ずかしながら…第一部隊に渡した任務書を第三部隊隊長ゴードンが手にしてしまったのかと」
「そう…」

 冷めた紅茶を喉に流す。その優雅な所作に、憲兵たちは頬を赤らめて魅入った。一人を除いて。

「わた、わ…わたし、は…」

 血の気が引いて青白くなった顔で、かみ合わない歯をカタカタと震わせゴードンは頽れる。

 この帝国には皇室を頂点として、その下に公爵家が三つある。公爵家はいずれも皇室からの臣籍降下で興された家門で、その中でもクルート公爵家は代々大宰相を務め、運営する商会の収入もほかの公爵家に比べ頭三つ分ほど多く潤沢な資産を有している。

 そのクルート公爵家の次期公爵を私生児呼ばわりし、黙って座っていろと命令したゴードンはその首が四度飛んでも足りないくらいの無礼を犯したのだ。

「今後、このようなことにならぬよう、原因を明らかにしてしっかり対策しなさい。それから、ゴードンといいましたか、第三部隊隊長」
「は…はひっ」
「調査結果はお前が持って来なさい。その代わり処罰はリエル団長にお任せします。よろしいですね」
「…仰せの通りに」

 リエルに首根っこを掴まれたゴードンは引きずられるように部屋を出て行き、ほかの隊員もそれに続いた。ぽかんと放心していたグリアははっとして「俺はっ」と叫んだ。

「お嬢様。調査班が報告書を持ってまいりました」
「おい、ふざけるな! 俺を無視するな!」
「グリア様、少し静かにしていただけます?」
「…!」

 縄をかけられたままなのをいいことに、シュートがその肩を抑える。身動きが取れないのを確認して、アーシェンは報告書に目を通した。

「グリア様の選択肢がひとつになってしまいましたね」
「は?」
「まさか皇女様にまで…」
「え…あ、ち、違う! それは俺じゃ、」
「黙りなさい。言ったでしょう? わたくしの調査班は皇帝陛下にお褒めいただくほどだと。ゆるぎないですわ。…シュート、憲兵を呼んで」

 軽く頷くとシュートは駆けて出て行った。

 報告書に書かれていたのはグリアが皇女にルビーのネックレスを送っていたという内容だった。それもかなり凝った恋文を添えて。そのルビーのネックレスはアーシェンの誕生日に皇女が贈ったもので、思いがけず友人にあげたはずの一点もののネックレスが手元に戻ってきたと皇女から連絡を受け調査していたのだ。

 しばらくもしないうちに応接室に来た憲兵の第二部隊は、騒ぐグリアを引きずりつつ連れて行った。

「…軽すぎるのでは?」
「そうかしら」

 新たな紅茶をサーブするシュートは不満げにそうつぶやいた。

「お嬢様がこれだけで済まされるはずないでしょう」執事長が言う。「当然の罰を…」
「あら、罰ではないわ。わたくしは彼らの罪を数えてあげているだけ。罪を犯したのは彼らなのだから自業自得だと思うのだけれど」
「失礼しました」

 こんこんと戸がたたかれ、夜会を終えたアリエルが来たとメイドが告げた。アーシェンが入室の許可を伝えれば、メイドの案内を振り切りアリエルは令嬢らしからず駆けてアーシェンの前に膝をついた。

「お姉さま。申し訳ありません!」
「アリエル、そう易々と膝をつくものではありませんよ」
「でも…でもっ」
「この家で、私が主催した夜会で成人を知らしめたのです。あなたは紛れもなく公爵家の令嬢。これからは公爵令嬢にふさわしい振る舞いを心掛けなさい。あなたのその、謙虚な姿勢は諸刃の剣ですからね」
「お姉さま…」

 アーシェンはアリエルの手を取り、隣に座らせる。そしてふっと柔らかにほほ笑んだ。

「もっと非情におなりなさい。ここからは今までのように守ってはやれませんから」
「はい、お姉さま」
「よろしい。さ、アメリア夫人が首を長くして待っているんじゃないかしら。行っていいわ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」

 クルート公爵がアメリア夫人とアリエルを連れてきた当初、一週間という期限を設けアーシェンはふたりに監視をつけた。アーシェンやクルート公爵に嘘偽りなく、そこに目論見がないかどうかを見るためだった。結果はシロ。貴族というにはあまりに危ういほどにまっすぐで、正直すぎる人間だった。

 必要な努力に時間を惜しまず、理解が遅いならばと自ら寝る間を削って勉強を重ねる。たった三か月で成人のお披露目ができるほどに二人は貴族の世界に順応した。なるほど、これはお父様が気に入るはずだとアーシェンがひそかに納得したのはシュートとの秘密だ。

「それで、お父様はなんて?」
「はい、なんでも参内を命じられたそうです」
「そう。まあ、お父様の功績になるならそれに越したことはないけれど」

 成人にはあと一年という皇女に手を出そうとしたグリアは極刑に処されるだろう。しかしそうするにはいくら皇帝とはいえ、主要貴族を納得させ反論の一言も出ないように堅い証拠を並べなければならない。その証拠をクルート公爵が献上し、しかもグリアの身柄も無傷で渡したのだ。

 領地の拡大を要求してもバチは当たらないだろう。そんなことを考えながら、ネグリジェに着替えたアーシェンは眠りについた。
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