あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

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#2-①

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 翌日にはグリアの御前裁判が行われ、昼の鐘が鳴るころには判決が出た。何人もの証人が皇帝の御前に立ち、そのほとんどは女性であった。何をされたのか、何を贈られたのか。それらはアーシェンの調査報告書を明らかに裏付けるもので、グリアの弁護士は反論の余地もなかった。情状酌量を訴え、減刑を求めるしかできることはなく、その判決は第二騎士団の管轄下において強制労働。グリアにとっては死ぬよりも苦しい判決になった。

「はっ。処刑でないだけ楽じゃないか」

 そう言って裁判の場を後にしたグリアはその数時間後、自分の置かれた環境に絶望する。第二騎士団とは女性だけで成立している騎士団で、グリアはそれまで見下していた女性に管理され、働かされることになったのである。数々の女性に贈り物をし優越感に浸っては身分の低い女性には暴力を振るっていたという男には耐え難いものだろう。実際、その日のうちに王都辺境の施設に移動したグリアは、日も落ちきらぬうちに音を上げたと報告が上がった。こんなところで働けるか、と。第二騎士団と聞き薄ら笑いを浮かべていたグリアは、女だからと見下した騎士に力でねじ伏せられ、今は独房で謹慎中である。

「まあ、そうなるでしょうね…死ななかっただけ儲けものだと言っていた彼はどこへやら」
「まったくです。ですが私は驚きましたよ。まさか助命を上奏されるとは。お嬢、どんな思惑が?」
「ふふ」散歩の歩みを止めてアーシェンはシュートを見上げる。風でなびいた髪を耳にかけながら、やわらかく微笑んだ。「死んでしまったらそこで終わりじゃない。罪は消えなくてよ」
「ごもっとも」




 数日が過ぎて、クルート公爵が皇帝に参内を命じられた日。侍女に髪をすいもらっていたアーシェンのところに執事長の使いとしてメイドが伝言を持ってきた。

「なんですって? わたくしも?」
「はい。公爵様とともに参内なされますようにと、朝一で皇室より手紙が届きました」
「そう。ご苦労様。…悪いけど、ドレスと髪形を変えてもらえる? 皇宮用に」

 侍女たちは目まぐるしく走り回った。コルセットをいつもより締め上げ、目立ちすぎずそれでいて上品で一目でクルート公爵令嬢とわかるようなドレスを選ぶ。ネックレスと髪飾り、それからシルクの手袋をつけて、姿見の前に立った。

 せかしたものの、侍女たちの献身でアーシェンの理想通りの姿ができていた。

「いいわね。準備ができたと、お父様に伝えてくれる?」
「はい、お嬢様。それと…憲兵の第三部隊隊長様がお見えです。お会いになりますか?」
「あら? そんな約束があったかしら」
「いえ…。ですが妄言のように、会わなければお会いしなければと言っておりまして、どうも気味が悪く…」

 ふむ、とアーシェンは顎に手をあてる。先触れもなしに屋敷に訪問するなど、無礼もいいとこだ。しかし、彼の立場からしてみれば切羽詰まった崖っぷちだろう。もはや片足がはるか下の波うつ海に投げ出されている状態といっても過言ではあるまい。自業自得とはいえ、そんな人間に礼儀を問うのも酷というものだ。

「仕方ないわね。温室に席をつくってちょうだい。椅子はひとつで十分よ。それと念のためシュートを呼んできて」
「承知しました」

 温室には南の方の国々から集めた植物を植えている。温帯な気候の帝国では珍しい花や草木がそこかしこに青々となっている。その中心の小さなガゼボにアーシェンは腰を下ろした。優雅に紅茶を飲んで喉を潤し、彼の到着を待った。

「ひっ…ご、ご機嫌いかがでしょうか。今日はち、調査…書を、おもっ、お持ちしましてございます」
「…」

 頭を下げたまま身体を震わせて入ってきた男は、ガゼボの段の下で跪いて書類を頭の上に出した。いつの間にかアーシェンの後ろにいたシュートがその書類を受け取り、アーシェンに渡る。

 ぱらぱらと紙の擦れる音が温室に響く。時折紅茶を飲みながらしばらくしてそのすべてを読み終えたアーシェンは、ふう、と息をついた。

「お前、名は?」
「わ、わたくしは…ゴードン・マキニマムでございます」

 マキニマム子爵家の三男が確かそんな名前だったかと思い出す。三代前に降爵した家門で侯爵領であった領地は子爵領となる際に半分以上が皇宮に帰属した。そのため、商会を立ち上げざるを得なくなったわけだが当時の当主にはその才はなく、その後三代かけて少しずつ大きくし、やっと安定してきたところに今回の事件である。そういえば、次の事業の提携先候補にマキニマム子爵家の商会の名もあった。おそらくそれを聞いたゴードンは一目置いてもらおうと任務書を奪ったのだろうが見事に裏目に出ることになったのだろう。

「そう。この調査書はお前が作ったのか?」
「は、はいっ…僭越ながら…」
「シュート、リエル団長を呼んできて」
「御意」

 リエルは憲兵騎士団団長兼皇宮名誉騎士であり、その身は皇宮に属しているが今はクルート公爵家の警備を担当している。筆頭公爵家の安全を保つためという名目ではあるが実際のところ、監視も含まれている。皇族をしのぐほどのあらゆる力を持つクルート公爵家自体はその絶対権力を取って代わろうなどと思うことすらないが、貴族院の貴族たちは面白くないのだろう。

 そんなに時間もかからず、シュートはリエルを連れてきた。アーシェンの前に跪いているゴードンを見、リエルはその横に立ち頭を下げた。

「お呼びと伺い参上しました」
「ご苦労様。少し聞きたいことがあって呼びました。わたくしはあの夜にゴードンの処罰はお任せするといいました。どういうものにするつもりですか」
「はっ。二階級降格、さらに半年間の減給が妥当であると考えております」
「そう? 少し軽すぎるのでは?」
「…」

 リエルの眉間にしわが寄る。無言ではあるものの納得いかないとその態度が語っている。

「かように礼儀のなっていない者が、名誉な憲兵騎士団にふさわしいと?」
「アーシェン様はこの者の除名をお望みということですか」
「ふふ、リエル団長。これを見てみてください」

 アーシェンはゴードンの調査書をリエルに渡す。「拝見します」と受け取ったリエルはぱらぱらと書類をめくった。

「これは…。誠にゴードンが書いたものですか」
「やはり、リエル団長の目も通さずに持ってきていたのですね。驚きでしょう? わたくしの書き方とほとんど一緒なのですから」

 カップに残った最後の一口を飲み干し、アーシェンはにこりと微笑む。

「報告書の書き方がわたくしと似ているということはとても助かりますの。わたくしとしては読みやすいですし、他の方にお教えしようにもまねできる人など一握りしかいなかったですし」
「では…ゴードンを、」
「ええ。わたくしの諜報員に加えようかと。ただ、そのためにはその身分を捨ててもらわなければなりません。よくよく考えて、」
「やります!! なんでもやります! ぜひっ、わたくしをいかようにもお使いください!!!」

 耳がはちきれんばかりの大声に、アーシェンはわずかに顔を歪めた。耳の奥がキーンと鳴る。リエルはゴードンの脳天に拳を落とした。

「まずは礼儀からかしら。ふふ」
「そのようですね…」
「シュート。あとは任せるわ。いつものようにお願いね」
「御意。今日中に報告書を上げます。お目通しを、」

 面倒なことを嫌うシュートの「今日中に報告書を」と言う姿がなんともちぐはぐで、ゴードンに張り合っているのではと気づけば、笑いをこらえられない。自分よりも二つも年上のシュートが可愛くて仕方がなかった。
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