あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

文字の大きさ
8 / 30

#3-①

しおりを挟む
 皇帝の半ば強引な要求を受けて数週間が経ち、約束の朝の公爵邸はバタバタと騒がしかった。
「お美しいですわ! 公女様。きっと美の女神も嫉妬なさるでしょうね」

 アーシェンの支度を終えた侍女のひとりは、目を輝かせて言う。

「あら、それは女神様に対して不敬よ。褒めてくれるのはありがたいけど、言葉は選びなさい」
「も、申し訳ございません…」

 頭を下げる侍女を横目に、アーシェンはふう、とため息をついた。

「お疲れですか?」目ざといシュートはそっと声をかける。

 専属の護衛騎士として、正装に着替え済だ。動きやすさを重視したその服装は、白を基調として優雅な刺繍には金糸をふんだんに使っている。ひらひらとしたものを嫌うシュートの為に最大限、装飾を省いた仕様ではあるが、それでも肩は凝るらしく、シュートは自らの肩をもんでいた。

「疲れているのはシュートの方ではなくて? そんなにきついかしら?」
「お嬢、今日ばかりは心から尊敬いたします。俺だったら、こんなの毎日は耐えられませんから」
「あら、いつもは違って?」
「…。…言葉の誤です。失礼しました」
「ふふ、気にしなくていいわ。それよりも、」

 こんこんと戸が鳴り、入室を許可すれば執事が迎えの到着を知らせた。「使者が3名、護衛はかの国の騎士団の数名が到着しました。準備はお済でしょうか」

「ええ。終わったわ。少し待っててもらえる?」
「御意」
「シュート、パルテン王国の迎えの護衛はどれほどかしら」
「手合わせしていないのでおおよそですが…帝国騎士の見習いにも満たないかと」
「そう。これが意図的でないことを願うばかりね」

 女の護衛なのだから見習いくらいでいいだろうと意図的に送ってきたのなら宣戦布告ともとれるものである。パルテン王国は男尊女卑が根強く残る国で、女性は男性のすることはできないし、究極的に男性の世話がなければなにもできないというのが淑女とされている。だというのに守る対象としては優先順位が低いのだからこれほどのパラドックスはないだろう。

 その前時代的で屈辱的な女性像を強要してくるあたり、パルテン王国に帝国に匹敵するほどの後ろ盾がついた可能性が生まれる。そうなると、パルテン王国を吸収、最低でも属国にしようとしているアーシェンの思惑とその計画がかなり大変なものとなってくるのだ。下手すると戦争になりかねない。

 パルテン王国の国力、もとい軍事力をそのまま映し出しているだけならどんなに楽だろうか。

「…お父様たちにご挨拶したいのだけど」
「公爵様と公爵夫人、アリエルお嬢様はエントランスホールでお待ちです」
「そう。あまり使者の方を待たせるのも心苦しいわ。行きましょう」

 瞳の色と同じエメラルドグリーンのドレスを身にまとい、アクセントに銀糸の入った手袋に手を通す。最高級の絹を使ったドレスは光が当たるたびに様子を変え、光沢をみせて輝く。髪はハーフアップにセットし毛先は緩く巻いて、小さめの真珠を散らした。妖精もかくやといういでたちは、エントランスホールに集まるクルート公爵から使用人までもを魅了した。

「お待たせしました、お父様」
「お、おお! なんと美しいことだ。イレーネがよみがえったかと思ったぞ」
「まあ、お母様に似ているなんて嬉しいですわ」アーシェンは頬に手をあてにっこりと笑う。

 その笑みが含ませた意味に気づいたクルート公爵は、その背に冷たいのを感じた。本当に前公爵夫人のイレーネが生き返っていたなら、今ここにクルート公爵はいられないだろう。イレーネはいろんな意味で強い女性だったから。もちろん、腕力でも男性に負けないほどだった。全治三か月でも済むまい。

「お嬢。時間でございます」
「分かったわ。…お父様、アメリア夫人、アリエル。行ってまいります」
「…気を付けるんだぞ」
「ご無事を願っております」
「お姉さま、お元気でっ…お帰りをお待ちしております」

 はい、と微笑んで静かにカーテシーをしたアーシェンは、くるりと踵を返して大きな扉を出て行く。不気味なほど晴れ晴れとした夏空がそこには広がっていた。

「ごきがん…ご、機嫌いかがで、しょか、公爵令嬢」

 少したどたどしい帝国語で、使者は頭を下げた。まともに帝国語すら使えない者を使者に選出するとは何事かとシュートの拳が握られたのを感じたアーシェンは、静かに、上品にほほ笑む。

「悪くはないわ。…でも、決して良くもなくってよ」

 ブン、とシュートの刀は虚空を切り、使者の首元に突き付けられた。

「ひぃっ」
「随分と舐められたものね?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幸せな婚約破棄 ~どうぞ妹と添い遂げて~

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言された私。彼の横には、何故か妹が。 私……あなたと婚約なんてしていませんけど?

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました

鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。 そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。 「本当に彼なの?」 目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。 彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。 アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。 一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。 幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。 「私の婚約者は、もう私のものではないの?」 「それでも私は……まだ、あなたを――」 10年間の空白が引き裂いた二人の関係。 心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。 運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――? 涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

その令嬢は祈りを捧げる

ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。 エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。

【完結】王女に婚約解消を申し出た男はどこへ行くのか〜そのお言葉は私の価値をご理解しておりませんの? 貴方に執着するなどありえません。

宇水涼麻
恋愛
 コニャール王国には貴族子女専用の学園の昼休み。優雅にお茶を愉しむ女子生徒たちにとあるグループが険しい顔で近づいた。 「エトリア様。少々よろしいでしょうか?」  グループの中の男子生徒が声をかける。  エトリアの正体は?  声をかけた男子生徒の立ち位置は?    中世ヨーロッパ風の学園ものです。  皆様に応援いただき無事完結することができました。 ご感想をいただけますと嬉しいです。 今後ともよろしくお願いします。

婚約破棄は綿密に行うもの

若目
恋愛
「マルグリット・エレオス、お前との婚約は破棄させてもらう!」 公爵令嬢マルグリットは、女遊びの激しい婚約者の王子様から婚約破棄を告げられる しかし、それはマルグリット自身が仕組んだものだった……

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

処理中です...