あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

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#2-③

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 執務室に入れば、皇室付きのメイドが紅茶を出した。さすがに皇室とあって、一部の地域でしか栽培されていない希少な茶葉を、最高の淹れ方で出される。喉を潤すだけでなく、鼻腔をくすぐる香りは、凝り固まった緊張を少しだけほぐしてくれた。

「さて、ヘルゼン。これが数日前に帝国に届けられたのだ。パルテン王国からな」
「…拝見します」

 クルート公爵は書簡を広げ、静かに目を走らせる。一通り読み終わると書簡はアーシェンの手に渡る。公的な文書ではないのかとアーシェンはクルート公爵を見るが、「当事者が知らないでどうする」と促されれば断る理由もなかった。

 その文書には切実な言葉の裏に隠れた思惑らしきものが見え隠れしていた。第二王子カミール・C・パルテンを心配し、なんとかして更生させたい、だから力を貸してくれ。皇女か、それがだめなら公爵令嬢との婚約、ゆくゆくは結婚で支援してくれ。そう、文書には書かれている。

 実際、カミールとの婚約は手段でしかないのだろう。それはカミールを更生させたいというのが事実だったとしてもそうだが、おそらくはというのが本音だろう。ある意味、悪名高いカミールが成人したいま、一介の令嬢ごときに更生させられるとは露ほども思っていないに違いない。

 ようは帝国とのつながりが欲しいだけ。しかもそれを歴代まれにみる家族思いの皇帝に送るという命を捨てたも同然の所業だ。カミールを憐れみ、慈悲で我が国を救ってくれ。ただしこちらからは何も出せない。去年、一昨年と不況が続いているから。パルテン王国はここまで厚顔無恥な国だっただろうか。はてとアーシェンは首を傾げた。

「…陛下。発言をよろしいでしょうか」アーシェンは頬に手をあてながら言う。
「よいよい、そんな堅苦しくなるな。ここはわしの私的な場も同然。侍従も宰相しかおらんでな」
「それでは遠慮なく。パルテン王国は一昨年から農産物の不作が続いて、国全体の景気に影響が出ていると聞きました。…その支援を、と彼らは言っているととらえても差し支えないでしょうか?」
「さすがだな。わしも宰相も同じ考えだ。ヘルゼン、君もだろう?」
「そうですな。しかしながら、いささか…いえ、かなり恥知らずですな。これでは皇女か公爵令嬢、どちらかをもらってやるから支援してくれと言ってるも同然。前時代的な女性軽視がまだあるのでしょうな。時代錯誤もいいところだ。…この話、クルート公爵家は断らせていただく!」

 ふむ、と皇帝は自らの白いひげを二度三度と撫でた。そしてひと際優し気に微笑んだかと思えば、目つきはきつく鋭い視線をクルート公爵に向ける。

「ヘルゼン。このわしを愚弄するか?」

 ごくりとひそかに固唾をのんだアーシェンは握る拳に力を込める。そうでもしなければ気を保っていられなかった。なんという気迫だろう。下手をすれば気を失ってしまいそうだ。

 しばらく暗く重たい沈黙が続き、狭くはない部屋の壁が迫ってくるような錯覚さえ見えた。宰相は目を閉じ、じっとたたずんでいる。

「なんてな。冗談だ」

いきなり破顔した皇帝は歯を見せ、にかりと笑う。変わり様が不気味なほどで、本当に同一人物かと疑うほどだ。

「…冗談で済ませられませんが?」すかさず言い放ったクルート公爵はソファーに深く座りなおし、腕を組んだ。「アーシェン。これはお前が決めるといい。どうしたい?」
「わたくしは…」

 アーシェンは自分の政治的利用価値がどれほどのものか、しっかりとわかっていた。大陸において1、2を争えるほどの大きな帝国の筆頭公爵家の一人娘。女公爵になることは決まっていて、その伴侶となる男性には大きすぎる名誉と一生かかっても使いきれないほどの資産が授けられる。しかも、アーシェンは誰かと共同で執務をするよりも一人でする方が好きな人間だ。伴侶の仕事など、跡継ぎをつくり、必要な夜会にアーシェンをエスコートすればいいだけ。

 虎視眈々とその機会を狙っている貴族は腐るほどいる。皮肉にも今まで婚約者だったグリアはその牽制となり、アーシェンは執務に集中していられた。それでも、なんとか恋人の地位にでもと集る下級貴族はいないことはなかった。

 婚約者というストッパーがなくなった今、家では山のような釣書が机にあふれ、もしかすると皇宮を出るときにでも縁を結ばんと声かけもあろう。それと新たに婚約を結ぶのとどちらがいいか。数秒の逡巡の後、アーシェンの心は決まった。

「わたくしは…その話を受けてもよいと思っております」
「おお! そうか!」

 皇帝はぱあっと顔を明るくして、快活に笑った。

「ですがいくつかの条件を付けて返書してはいただけませんか」
「条件、とな?」
「はい」アーシェンはピシッと三本指を立てて言った「3か月です。3か月、お試しで婚約を結ぶのです。異例ではありますが、かような要求をしてくる国ですから、それでも喜んで受けるでしょう。そしてこうも考えるはずです。その3か月の間に、既成事実をつくってしまえばいい、と」
「ううむ。ありえなくはないな」
「アーシェン。本当にいいのか。それがわかっているのだろう? ああ、王子を帝国に呼ぶのか?」

 クルート公爵は心配そうに言う。

「いいえ。わたくしがパルテン王国に参ります」
「なに? どういうことだ」

 皇帝もカミールを帝国に迎えるものだと考えていたのだろう。驚きを隠せないように聞いてきた。
 応えたいのはやまやまだが、高速で回転する思考に口がついていかず、堪らずアーシェンは紅茶を飲んだ。ぬるくなったそれは、喉を潤していく。

「陛下、カーン鉱石はお好きですか?」
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