あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

文字の大きさ
6 / 30

#2-②

しおりを挟む
 数時間も経たずに迎えに来たクルート公爵とともにアーシェンは馬車に乗り、皇宮に向かう。静かに揺られること数分、権力を誇示するかのような大きな門をくぐった。

 謁見の間には末端までの臣下がずらりと並び、それでいて不気味なほどにしんと静まり返っていた。

「クルート公爵でございます。陛下にはご機嫌麗しく」
「よく来た、ヘルゼン。アーシェン嬢もご苦労だった」
「アーシェン・クルート、陛下にご挨拶申し上げます。…もったいないお言葉にございます」
「何を言うか」

 ハッハッハ、と実に快活に笑った皇帝は、近くに控えていた宰相に合図をした。宰相は書状を取り出し、声を張る。

「ヘルゼン・クルート公爵並びにアーシェン・クルート公爵令嬢、此度の狼藉者の捕縛及び確固たる証拠を献上したことに対し、帝国の太陽、皇帝の名のもとに褒美をとらす」

 つらつらと口上を並べていたが要約すれば、ロゼットラス侯爵の領地のおよそ半分を公爵領とし、慰謝料はロゼットラス侯爵から必ず払わせ、さらに皇室からも褒賞金として半年分の俸禄の上乗せという内容だった。

「臣下として、私がしたことは当然のこと。しかしながら陛下の温情、ありがたく頂戴いたします」

 クルート公爵に合わせアーシェンは頭を下げる。書状は筒にしまわれ、宰相がクルート公爵に渡す。それですべての用件が済んだ…はずだった。

「ところでアーシェン嬢よ。此度の騒動で婚約を解消せざるをえなかったな。わしはそれがほんにいたわしいと思う。不憫じゃ。…時に、隣国のパルテン王国から第二王子との婚約の打診がきておる。どうじゃ、受けてみらんか」
「…陛下のご配慮に恐縮するばかりです。ですが、わたくしには過ぎたることと存じます」
「そんなことはない。アーシェン嬢は帝国一の淑女ではないか」

 だから早く受けると言え。アーシェンにはそう言っているように聞こえた。実際そのつもりで言葉を選んでいるのだろう。

 パルテン王国の第二王子といえば、国境をまたいだ帝国にもその醜聞が聞き及ぶほどの王子だ。女遊びが激しく、勉強もせずに酒に溺れ異母兄弟の王太子とは似ても似つかない酷い性格をしていると。噂には尾ひれがつくのは世の常であるし、どこかしら誇張されて伝わっているだろうが、それでも火のない所に煙は立たない。

 そんな王子と婚約を? 何か裏があると考えるに容易い。

「わたくしは公爵家の令嬢に過ぎません。わたくしが決断するには荷が重く思います」

 その言葉に嘘はない。いくつか選択肢はあるものの、自らの口から言うのはためらわれた。知識や能力のありすぎる令嬢は、早いうちに目を付けられる。要はクルート公爵に丸投げしたのだ。

「そうかそうか。…なら、クルート公爵。そなたはどう思う」
「身に余る光栄かと存じます。しかしながら、受けるか否かはかの国からの書簡をお見せいただいてからでも遅くはないかと。よろしいでしょうか」
「ほう、前向きに考えてくれるか! うむ、よかろう。この場は終いじゃ。クルート公爵とアーシェン嬢よ、執務室に来るがいい」

 皇帝は生き生きと立ち、皆は恭しく頭を下げた。

 誰が前向きに考えるなど言った。臣下たちの印象を操作したかったのだろうが露骨すぎるだろう。それでもかなしいかな従うしかないのがあくまで臣下の公爵だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!

黒うさぎ
恋愛
公爵令嬢であるレイシアは、第一王子であるロイスの婚約者である。 しかし、ロイスはレイシアを邪険に扱うだけでなく、男爵令嬢であるメリーに入れ込んでいた。 レイシアにとって心安らぐのは、王城の庭園で第二王子であるリンドと語らう時間だけだった。 そんなある日、ついにロイスとの関係が終わりを迎える。 「レイシア、貴様との婚約を破棄する!」 第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください! 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

完結 裏切りは復讐劇の始まり

音爽(ネソウ)
恋愛
良くある政略結婚、不本意なのはお互い様。 しかし、夫はそうではなく妻に対して憎悪の気持ちを抱いていた。 「お前さえいなければ!俺はもっと幸せになれるのだ」

公爵令嬢は婚約破棄に感謝した。

見丘ユタ
恋愛
卒業パーティーのさなか、公爵令嬢マリアは公爵令息フィリップに婚約破棄を言い渡された。

悪女は婚約解消を狙う

基本二度寝
恋愛
「ビリョーク様」 「ララージャ、会いたかった」 侯爵家の子息は、婚約者令嬢ではない少女との距離が近かった。 婚約者に会いに来ているはずのビリョークは、婚約者の屋敷に隠されている少女ララージャと過ごし、当の婚約者ヒルデの顔を見ぬまま帰ることはよくあった。 「ララージャ…婚約者を君に変更してもらうように、当主に話そうと思う」 ララージャは目を輝かせていた。 「ヒルデと、婚約解消を?そして、私と…?」 ビリョークはララージャを抱きしめて、力強く頷いた。

男爵令息と王子なら、どちらを選ぶ?

mios
恋愛
王家主催の夜会での王太子殿下の婚約破棄は、貴族だけでなく、平民からも注目を集めるものだった。 次期王妃と人気のあった公爵令嬢を差し置き、男爵令嬢がその地位に就くかもしれない。 周りは王太子殿下に次の相手と宣言された男爵令嬢が、本来の婚約者を選ぶか、王太子殿下の愛を受け入れるかに、興味津々だ。

処理中です...