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#5-①
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王宮に、市街に、第二王子の婚約者が帝国から来て早々に病に伏した、と噂が回った。それは市街の端に行けば行くほど尾ひれがつき、余命宣告が出ているとまで言われた。歓迎の宴から一か月たったころのことであった。
「クルート嬢が病気に?」
退屈な会議に、退屈な様子で王座に座していたパルテン王は、その身をようやっと起こし右大臣の話に耳を貸した。
「はい、なんでも枕が上がらないほどだとか。急遽帝国から薬師を呼んだとまで聞いています」
「して病名は?」
「いまだわかっておりませぬ。しかしながら、医者ではなく薬師を呼んだということから助かる見込みはないとみてもよろしいかもしれません」
「何を言うか!」相対して座る左大臣は右大臣の言葉に大いに反論した。「陛下、クルート公爵令嬢が床に臥せっているのはすでに聞き及んでいますが、助かる見込みがないとするにはいささか暴論が過ぎるかと。かの者は帝国からの頼みの綱も同然。厚い待遇を施すことでクルート公爵、ひいては帝国皇帝の恩を買えるのではないかと愚考いたします。よもや死を願うなど笑止千万。政において情に動かされることほどおろかなことはございません」
「ほう…お前は私がクルート嬢の死を願ったと、そういうのだな?」
「そうではありませぬ! 右大臣であるモリア公爵の奥方は先の宴の場でクルート公爵令嬢にすげなく対応されたとか。そのストレスから浪費が止まらないらしいではないですか。その怒りの矛先をクルート公爵令嬢に向けるのはどうかと言っているのです! 妻を制御できないなど、男の風上にも置けませぬからな!」
「何を言うか! 貴様こそ、何度送っても応えてはくれぬ招待状を送り続け、次こそは必ず来てくれるとホラを吹く奥方が社交界で地位を落としつつあるとか。社交界での妻の地位が夫の地位とも申しますからなぁ? 女のヒステリーのひとつも隠せない男など、貴族ではないわ!」
「やめぬか!!」最高級の白磁のティーカップが大きな音を立てて割れる。「私の前で見にくい言い争いをするなど…どうやらその地位はそなたたちには身に余るものだったらしいな?」
「あ、いや、申し訳ありませぬ」
「そのようなことは決して…」
「もうよい、クルート嬢の侍女を呼べ。それですべてがわかろう」
「はっ」
パルテン王の傍仕えである侍従がひとり出て行き、その場は別の議題が持ち出された。またもパルテン王の興味は失せ、再び椅子に沈んだ。
数個の議題が目の前を過ぎた頃に来た侍女は震え、受け答えができるような状態ではなかったが、パルテン王はその者に問うた。
「クルート嬢の体調が思わしくないと伝え聞いた。誠か」
「は、はいっ」裏返った声に赤面しつつ、伝えなければと侍女は続ける。「歓迎の宴の夜に体調を崩されて、今までほとんどの時間を寝室で過ごされております。外に出た時間の方が短いほどです」
「ほう。…で、外に出たときというのはどこに向かったのだ」
「し、神殿でございます。少しでも体調がよくなるようにと祈願に行かれました。その甲斐もなく、今では起き上がることも難しいようです」
「そうか」
どうにかパルテン王国の利益に、ひいては自らの利益にならないものかをその場にいる侍女以外の全員が考えた。
「陛下、発言よろしいでしょうか」左大臣、ローウンド侯爵は静かに言った。
「うむ、許そう」
「はっ。…侍女、その話はクルート公爵令嬢の生家、クルート公爵の方には伝わっているのか」
「い、いえ…。なんでも、お嬢様が口止めしていらっしゃるそうで…あ、ですが、第二王子殿下はたびたびお見舞いにお越しです」
「カミールが…? 誠か?」
「はい」
パルテン王には到底信じられなかった。カミールは唯我独尊を地で行くような人間で、王になりたいという野望がないだけましなコマとしか思っていなかったからだ。そもそもその親であるパルテン王自身がそうでないという自信にあふれていることこそ、滑稽な話だ。
「陛下、これは利用できるのではないですか」右大臣、モリア公爵が言う。「仮にも第二王子殿下はクルート公爵令嬢の婚約者。あくまで仮とはいえ、時間はまだ二か月もあります。何を知りたくて三か月などと条件を出してきたかは定かではありませんが、この二か月で既成事実をつくるか、クルート公爵令嬢に第二皇子殿下にクルート公爵家の全権を渡す旨の遺書を書かせるかでもすれば途方もない財力が王国に入りますし、帝国の後ろ盾を得ることもできます」
「ふむ、それは一考の余地があるな…」
「お待ちください」ローウンド侯爵は拳を握りしめて言う。「それは綱渡りが過ぎます。最悪の事態を予測し、対策を考えてからでも遅くはないと愚考します」
「…私がそこを考えていないとでも…?」
「そうではありませぬ。陛下、今この状況こそ危機なのでございます。この一か月間、クルート公爵令嬢は病に臥せっていた。しかし、その事実をここにいる重鎮のすべてが知らず、手を尽くしてもいません。仮の婚約者として入国されたということは、その令嬢の身柄はこの国に預けられたも同然。その令嬢を何もせずに死なせでもしたら帝国から宣戦布告されても文句は言えませぬ!」
「ふむ…医者の手配が先か…。宰相、王医をクルート公爵令嬢のところへ向かわせるのだ。診察させ、その病状を事細かく報告させよ」
「はっ」傍に仕えていた宰相は軽く頭を下げ、王医の手配の為にその場を後にした。
「右大臣、親書を用意して今の状況を帝国の皇帝を通しクルート公爵に伝えるのだ。…手は尽くしていますが、回復の見込みがない、とな。思いあった二人を引きはがすのも忍びなく、今しばらくこちらで治療に専念させたいとも書いておけ」
「はっ、おっしゃる通りに」
「今日の議会はこれまでだ。右大臣と左大臣以外は帰るがいい。侍女もご苦労であった。あとで褒美をとらせよう」
深々と頭を下げた侍女と臣下らは、足早にその場を離れていった。
ぱたん、と戸が閉まり足音が遠ざかっていくのを確認してから、パルテン王は玉座の裏の秘密路を開ける。
「さ、行こうか。今日は有意義になりそうだな」
時は同じくして王都市井のとある酒場は、美しいウェイトレスがいると賑わっていた。
「シェン! 一番テーブルにこれを持ってっておくれ!」
「クルート嬢が病気に?」
退屈な会議に、退屈な様子で王座に座していたパルテン王は、その身をようやっと起こし右大臣の話に耳を貸した。
「はい、なんでも枕が上がらないほどだとか。急遽帝国から薬師を呼んだとまで聞いています」
「して病名は?」
「いまだわかっておりませぬ。しかしながら、医者ではなく薬師を呼んだということから助かる見込みはないとみてもよろしいかもしれません」
「何を言うか!」相対して座る左大臣は右大臣の言葉に大いに反論した。「陛下、クルート公爵令嬢が床に臥せっているのはすでに聞き及んでいますが、助かる見込みがないとするにはいささか暴論が過ぎるかと。かの者は帝国からの頼みの綱も同然。厚い待遇を施すことでクルート公爵、ひいては帝国皇帝の恩を買えるのではないかと愚考いたします。よもや死を願うなど笑止千万。政において情に動かされることほどおろかなことはございません」
「ほう…お前は私がクルート嬢の死を願ったと、そういうのだな?」
「そうではありませぬ! 右大臣であるモリア公爵の奥方は先の宴の場でクルート公爵令嬢にすげなく対応されたとか。そのストレスから浪費が止まらないらしいではないですか。その怒りの矛先をクルート公爵令嬢に向けるのはどうかと言っているのです! 妻を制御できないなど、男の風上にも置けませぬからな!」
「何を言うか! 貴様こそ、何度送っても応えてはくれぬ招待状を送り続け、次こそは必ず来てくれるとホラを吹く奥方が社交界で地位を落としつつあるとか。社交界での妻の地位が夫の地位とも申しますからなぁ? 女のヒステリーのひとつも隠せない男など、貴族ではないわ!」
「やめぬか!!」最高級の白磁のティーカップが大きな音を立てて割れる。「私の前で見にくい言い争いをするなど…どうやらその地位はそなたたちには身に余るものだったらしいな?」
「あ、いや、申し訳ありませぬ」
「そのようなことは決して…」
「もうよい、クルート嬢の侍女を呼べ。それですべてがわかろう」
「はっ」
パルテン王の傍仕えである侍従がひとり出て行き、その場は別の議題が持ち出された。またもパルテン王の興味は失せ、再び椅子に沈んだ。
数個の議題が目の前を過ぎた頃に来た侍女は震え、受け答えができるような状態ではなかったが、パルテン王はその者に問うた。
「クルート嬢の体調が思わしくないと伝え聞いた。誠か」
「は、はいっ」裏返った声に赤面しつつ、伝えなければと侍女は続ける。「歓迎の宴の夜に体調を崩されて、今までほとんどの時間を寝室で過ごされております。外に出た時間の方が短いほどです」
「ほう。…で、外に出たときというのはどこに向かったのだ」
「し、神殿でございます。少しでも体調がよくなるようにと祈願に行かれました。その甲斐もなく、今では起き上がることも難しいようです」
「そうか」
どうにかパルテン王国の利益に、ひいては自らの利益にならないものかをその場にいる侍女以外の全員が考えた。
「陛下、発言よろしいでしょうか」左大臣、ローウンド侯爵は静かに言った。
「うむ、許そう」
「はっ。…侍女、その話はクルート公爵令嬢の生家、クルート公爵の方には伝わっているのか」
「い、いえ…。なんでも、お嬢様が口止めしていらっしゃるそうで…あ、ですが、第二王子殿下はたびたびお見舞いにお越しです」
「カミールが…? 誠か?」
「はい」
パルテン王には到底信じられなかった。カミールは唯我独尊を地で行くような人間で、王になりたいという野望がないだけましなコマとしか思っていなかったからだ。そもそもその親であるパルテン王自身がそうでないという自信にあふれていることこそ、滑稽な話だ。
「陛下、これは利用できるのではないですか」右大臣、モリア公爵が言う。「仮にも第二王子殿下はクルート公爵令嬢の婚約者。あくまで仮とはいえ、時間はまだ二か月もあります。何を知りたくて三か月などと条件を出してきたかは定かではありませんが、この二か月で既成事実をつくるか、クルート公爵令嬢に第二皇子殿下にクルート公爵家の全権を渡す旨の遺書を書かせるかでもすれば途方もない財力が王国に入りますし、帝国の後ろ盾を得ることもできます」
「ふむ、それは一考の余地があるな…」
「お待ちください」ローウンド侯爵は拳を握りしめて言う。「それは綱渡りが過ぎます。最悪の事態を予測し、対策を考えてからでも遅くはないと愚考します」
「…私がそこを考えていないとでも…?」
「そうではありませぬ。陛下、今この状況こそ危機なのでございます。この一か月間、クルート公爵令嬢は病に臥せっていた。しかし、その事実をここにいる重鎮のすべてが知らず、手を尽くしてもいません。仮の婚約者として入国されたということは、その令嬢の身柄はこの国に預けられたも同然。その令嬢を何もせずに死なせでもしたら帝国から宣戦布告されても文句は言えませぬ!」
「ふむ…医者の手配が先か…。宰相、王医をクルート公爵令嬢のところへ向かわせるのだ。診察させ、その病状を事細かく報告させよ」
「はっ」傍に仕えていた宰相は軽く頭を下げ、王医の手配の為にその場を後にした。
「右大臣、親書を用意して今の状況を帝国の皇帝を通しクルート公爵に伝えるのだ。…手は尽くしていますが、回復の見込みがない、とな。思いあった二人を引きはがすのも忍びなく、今しばらくこちらで治療に専念させたいとも書いておけ」
「はっ、おっしゃる通りに」
「今日の議会はこれまでだ。右大臣と左大臣以外は帰るがいい。侍女もご苦労であった。あとで褒美をとらせよう」
深々と頭を下げた侍女と臣下らは、足早にその場を離れていった。
ぱたん、と戸が閉まり足音が遠ざかっていくのを確認してから、パルテン王は玉座の裏の秘密路を開ける。
「さ、行こうか。今日は有意義になりそうだな」
時は同じくして王都市井のとある酒場は、美しいウェイトレスがいると賑わっていた。
「シェン! 一番テーブルにこれを持ってっておくれ!」
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