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#6-①
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「殺意、ですか」
「ああ。ここでは話せない。落ち着ける場所に行こうか」
女将に勘定を渡し、カミールはアーシェンをエスコートしてその場を後にした。街灯で新月でも明るい通りを歩く。いたるところで露店があたりをにぎわせ、さながら祭りのようだった。
採掘の工夫や商人、職人など職業は様々でそれらで働く人のるつぼのようなこの場所では毎晩の仕事終わりの一杯というのは自分へのご褒美なのだと、くたびれたシャツを着た工夫が言っていたのをアーシェンは思い出す。
「こっちだ」
手を引かれて入ったのはこの通りでは最高級のホテルだった。燕尾服を着たホテルマンが出迎えてくれる。
「これはこれは。おかえりなさいませ。今日はどの部屋でも空いておりますが…二部屋ご用意しますか? それとも、」
「セッティングは二部屋で頼む。あと、いつもの部屋を開けてくれるか」
食い気味でカミールは言った。立場的にはホテルマンの方が下であるはずなのに、余裕そうに、楽しそうに彼は微笑む。カミールの耳がほのかに赤くなっていたのは見なかったことにした。
「そう大した話ではない。王家なら必ずあることだろうし、現王は多くの妃を迎えたからなおさらだ」
紅茶を運んできたメイドが出払って、足音が遠くなってからカミールは話し始めた。別館の端の会議室は不気味なほどに音がなかった。どんな話をしても誰にも聞かれない、というのがここの長所らしい。もっとも、外からはその存在さえ知られることのない部屋はカミールが主導したもので、カミール以外に使う人はいないという。
「そうですね。継承位争いはいつの時代も血なまぐさいものと相場は決まっておりますし」
「ああ。もともと俺は臣籍降下していずれ王になる第一王子を、ラウを助ける心づもりだった。何度もそう明言していたんだ。でも疑われた」
第一王子であるラウ・パルテンは三か月先に生まれたカミールの異母兄だ。本人の考えはどうであれ、一年も離れていないのならとそれぞれの母は気が気でなかった。三か月しか違わない兄弟。どちらも男児であるなら王位継承はその能力と母親の身分がものをいう。
より焦っていたのはラウの母親であった。侯爵家から輿入れしたミア・ローウンドは現左大臣のローウンド侯爵の妹である。カミールの母親がモリア公爵家の出であることを考えるとたった三か月の差など、ないも同然であった。カミールの母親は当時の正后、シュリー・モリアだったのだ。
しかし、その優位はわずか二年で覆される。シュリ―がカミールとの里帰りの途中で馬車が事故に遭い、カミールを守ったシュリ―は儚くも亡くなった。その葬儀は正后のものともあり、盛大に国を挙げて行われたがその最中にも何度もカミールは命の危険にさらされた。乳母が身を挺して守り、命を落とすまで祖父であるモリア公爵は動かず、幾度目かでようやく実行犯が捕らえられ処刑されて初めてカミールに平穏が戻った。モリア公爵は娘の無念を晴らすため、カミールを囮に黒幕をあぶりだそうとしていたのだ。功を奏し、黒幕は第一王妃のミアの侍女であったとされた。
カミールの教育とその安全を保障する代わりに譲歩するよう、仲裁のパルテン王はモリア公爵に求めたのだった。王子はその継承権を放棄しない限り、6歳までは王宮に住まうことが求められる。つまり、6歳の誕生日を待たずして住まいを王宮外に移すならばその子に継承権はなくなる。
娘の忘れ形見の子が不憫な扱いを受けるのは我慢できなかったモリア公爵はその提案をのみ、条件を付け加えた。后は娘であるシュリ―のみとすること。それは外交的にも国の信頼に関わると王を説得し納得させた。
「それは…第一王妃様は良しとされたのですか…」
カミールは横に首を振る。「そんなわけがない。俺を殺せなかったばかりか、正后にもなれずラウの継承順位も変わらない。だが、外交的要因を持ち出されたことで王もおとなしくするように第一王妃に言ったんだ。彼女からすれば言う通りにしなければ王宮での立場はない。その点は王にも感謝している」
「そう…ですか。そういえば、あのパーティでお会いした、モリア公爵はお若かったような…」
「当時のモリア公爵はもう隠居して、その甥が継承してる。俺の祖父には継承者がいなかったからな」
「え…。確か、お二人ほど…」
カミールはそっと眉尻をさげ、ふっと笑った。その笑みがすべてを語っていた。二人もいた跡継ぎがどちらも亡くなるなんて、どう考えても普通ではない。
「…二人とも帝国の町娘に見惚れて、身分を捨てて出て行ったんだ」
「はい?」
「自分勝手だよな…」
「あなたが言いますか?」
「え? 何のこと?」
意地の悪い笑みを浮かべるカミールはひどく楽しそうに声を上げる。その姿は王子のそれではなく、年相応の、ただの少年だった。
「それで、あなたはわたくしに何をしてほしいのですか」
「うん、そう難しいことではない。計画も緻密につくったものを保管している。それに協力してほしい」
「なるほど。その対価と詳細はお聞かせくださるんですよね?」
「もちろん。でも、その前に」
椅子から立ってカミールは深々と頭を下げた。「すまなかった」
「…」
「これまでの非礼を詫びる。到底、公爵令嬢に対する態度ではなかった。謝罪を受け入れられなかったらそれでもいい。それだけのことをしたんだ。だが、この計画には協力をお願いしたい。虫がいいこともわかっている。どうか考えてくれないだろうか」
「…わたくしの返事はもうお答えしたはずですよ。頭を上げてくださいまし」
ゆっくりと顔を上げたカミールの目に、ふわりと微笑むアーシェンが映る。意図せずカミールはその頬を紅く染めた。
「ああ。ここでは話せない。落ち着ける場所に行こうか」
女将に勘定を渡し、カミールはアーシェンをエスコートしてその場を後にした。街灯で新月でも明るい通りを歩く。いたるところで露店があたりをにぎわせ、さながら祭りのようだった。
採掘の工夫や商人、職人など職業は様々でそれらで働く人のるつぼのようなこの場所では毎晩の仕事終わりの一杯というのは自分へのご褒美なのだと、くたびれたシャツを着た工夫が言っていたのをアーシェンは思い出す。
「こっちだ」
手を引かれて入ったのはこの通りでは最高級のホテルだった。燕尾服を着たホテルマンが出迎えてくれる。
「これはこれは。おかえりなさいませ。今日はどの部屋でも空いておりますが…二部屋ご用意しますか? それとも、」
「セッティングは二部屋で頼む。あと、いつもの部屋を開けてくれるか」
食い気味でカミールは言った。立場的にはホテルマンの方が下であるはずなのに、余裕そうに、楽しそうに彼は微笑む。カミールの耳がほのかに赤くなっていたのは見なかったことにした。
「そう大した話ではない。王家なら必ずあることだろうし、現王は多くの妃を迎えたからなおさらだ」
紅茶を運んできたメイドが出払って、足音が遠くなってからカミールは話し始めた。別館の端の会議室は不気味なほどに音がなかった。どんな話をしても誰にも聞かれない、というのがここの長所らしい。もっとも、外からはその存在さえ知られることのない部屋はカミールが主導したもので、カミール以外に使う人はいないという。
「そうですね。継承位争いはいつの時代も血なまぐさいものと相場は決まっておりますし」
「ああ。もともと俺は臣籍降下していずれ王になる第一王子を、ラウを助ける心づもりだった。何度もそう明言していたんだ。でも疑われた」
第一王子であるラウ・パルテンは三か月先に生まれたカミールの異母兄だ。本人の考えはどうであれ、一年も離れていないのならとそれぞれの母は気が気でなかった。三か月しか違わない兄弟。どちらも男児であるなら王位継承はその能力と母親の身分がものをいう。
より焦っていたのはラウの母親であった。侯爵家から輿入れしたミア・ローウンドは現左大臣のローウンド侯爵の妹である。カミールの母親がモリア公爵家の出であることを考えるとたった三か月の差など、ないも同然であった。カミールの母親は当時の正后、シュリー・モリアだったのだ。
しかし、その優位はわずか二年で覆される。シュリ―がカミールとの里帰りの途中で馬車が事故に遭い、カミールを守ったシュリ―は儚くも亡くなった。その葬儀は正后のものともあり、盛大に国を挙げて行われたがその最中にも何度もカミールは命の危険にさらされた。乳母が身を挺して守り、命を落とすまで祖父であるモリア公爵は動かず、幾度目かでようやく実行犯が捕らえられ処刑されて初めてカミールに平穏が戻った。モリア公爵は娘の無念を晴らすため、カミールを囮に黒幕をあぶりだそうとしていたのだ。功を奏し、黒幕は第一王妃のミアの侍女であったとされた。
カミールの教育とその安全を保障する代わりに譲歩するよう、仲裁のパルテン王はモリア公爵に求めたのだった。王子はその継承権を放棄しない限り、6歳までは王宮に住まうことが求められる。つまり、6歳の誕生日を待たずして住まいを王宮外に移すならばその子に継承権はなくなる。
娘の忘れ形見の子が不憫な扱いを受けるのは我慢できなかったモリア公爵はその提案をのみ、条件を付け加えた。后は娘であるシュリ―のみとすること。それは外交的にも国の信頼に関わると王を説得し納得させた。
「それは…第一王妃様は良しとされたのですか…」
カミールは横に首を振る。「そんなわけがない。俺を殺せなかったばかりか、正后にもなれずラウの継承順位も変わらない。だが、外交的要因を持ち出されたことで王もおとなしくするように第一王妃に言ったんだ。彼女からすれば言う通りにしなければ王宮での立場はない。その点は王にも感謝している」
「そう…ですか。そういえば、あのパーティでお会いした、モリア公爵はお若かったような…」
「当時のモリア公爵はもう隠居して、その甥が継承してる。俺の祖父には継承者がいなかったからな」
「え…。確か、お二人ほど…」
カミールはそっと眉尻をさげ、ふっと笑った。その笑みがすべてを語っていた。二人もいた跡継ぎがどちらも亡くなるなんて、どう考えても普通ではない。
「…二人とも帝国の町娘に見惚れて、身分を捨てて出て行ったんだ」
「はい?」
「自分勝手だよな…」
「あなたが言いますか?」
「え? 何のこと?」
意地の悪い笑みを浮かべるカミールはひどく楽しそうに声を上げる。その姿は王子のそれではなく、年相応の、ただの少年だった。
「それで、あなたはわたくしに何をしてほしいのですか」
「うん、そう難しいことではない。計画も緻密につくったものを保管している。それに協力してほしい」
「なるほど。その対価と詳細はお聞かせくださるんですよね?」
「もちろん。でも、その前に」
椅子から立ってカミールは深々と頭を下げた。「すまなかった」
「…」
「これまでの非礼を詫びる。到底、公爵令嬢に対する態度ではなかった。謝罪を受け入れられなかったらそれでもいい。それだけのことをしたんだ。だが、この計画には協力をお願いしたい。虫がいいこともわかっている。どうか考えてくれないだろうか」
「…わたくしの返事はもうお答えしたはずですよ。頭を上げてくださいまし」
ゆっくりと顔を上げたカミールの目に、ふわりと微笑むアーシェンが映る。意図せずカミールはその頬を紅く染めた。
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