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#6-②
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「もうひとつ、言うことがあるのではなくて?」
「言うこと…」
「あら。わたくしの勘違いなのでしょうか。それは寂しいですわ」
初めて出会ったときのカミールも、酒場で思いかけず顔を合わせたときも、来店するたびにばれるかばれないかの際どいところでからかわれたときも、そのすべてにそもそも心遣いがあった。
もちろん、どこの馬の骨ともわからない令嬢を探るという意図も少なからずあっただろう。それでも一介の令嬢に過ぎないアーシェンは、公爵令嬢として教育を受けてきたとはいえ市井での生活が確実に安全に過ごすことは困難であるにもかかわらず、これまで危ない目に遭ったことはない。お忍びだからと護衛のひとりもつれていない令嬢、もとい女性がである。
まだ陽が落ちきっていない夕べは後方10m。陽の半分以上が山の端に隠れて辺りが薄暗くなった宵口は後方8m。護身術も習得済みのアーシェンが気づかないわけがなかった。
「殿下でございましょう。わたくしを陰ながら護衛してくださったのは」
「し、知ってたのか…」
「ふふ、わたくしはただの令嬢ではございませんわ。帝国一の公爵家次期当主です。これくらい造作もないことですの。…さて、そのお心、聞かせて頂いても?」
カミールは息をのんだ。この世の人であることを疑ってしまうほどに美しい女性にこれを言わなければならないのかと、心臓は時がたつほどにうるさくなっていく。でも、伝えておきたい。伝えなければ、もう機会はないだろう。
カミールの言葉を、穏やかにほほ笑んで待っているアーシェンの手を、そっと、震える手で取り口づけた。
「名実ともに俺の婚約者でいて欲しい。俺は君が好きだ。ずっと君を守ると誓おう。そばにいてくれないか」
「その言葉を待っておりました。嬉しいですわ。わたくしも殿下を好ましく思っておりますもの。…ええ、いますとも。少し早いですが誓いましょう。殿下のそばに置いてくださいな」
「ありがとう…! 三か月なのが恨めしいよ」
「殿下。あと二か月ですわ。時間もあまりありませんし、計画とやら、お聞かせくださいませ」
「ああ、もちろんだ。まずは重臣たちの思惑だが…」
何年もかけて王宮内外に配置した情報網から得られた信ぴょう性の高い情報を、惜しげもなくカミールはアーシェンに伝える。知りえてはいけない情報も入っているのではと問えば、そんなものがあるはずもないと一蹴された。
「え、これは…」
「ああ。彼らはとことんこの国を潰す気らしい。情勢を読めず、過去にパルテンが何をしでかしたかも正しく把握せず己の欲だけで行動しているとしか思えないほどの愚行だ」
「そうですね…自分たちの首を絞めていることがわからないのでしょうか…」
「この計画でこの国は終わるだろう。そこで君の力を借りたい」
「もしや帝国に属する、と?」
「その通りだ」
強い決心を滲ませる瞳でカミールは言う。迷いは一寸ともなかった。カミールにとってパルテン国は故郷であると同時に忌まわしい記憶となおも続く危険の巣窟とも言える場所である。国王一家とその周りに集る虫のような貴族が欲望に忠実に動き続けた結果、被害を被るのはいつも平民であった。平民を同じ人間として見ない為政者など、王国には必要ない。
「君にはその先導と、第七妃とキールの安全を保障してもらいたい」
「…わかりました。第七王妃様の方は同意をとらねばなりませんが、お受けいたしましょう。もとより、この国は帝国の一部にすることが今回の目標でしたので」
「なんのうまみもないこの国を?」
「あら、そうでもないですよ? それより大義名分が欲しいところですね。パルテン国を属国にできるほどの」
「それなら向こうが勝手に作ってくれるさ。君も気づいているんだろう? 帝国に対して不遜な態度をとれるパルテン国の後ろ盾がどこか」
アーシェンの唇はきれいな弧を描いて、その間から真っ白な歯が見えた。「もちろんですわ」
「言うこと…」
「あら。わたくしの勘違いなのでしょうか。それは寂しいですわ」
初めて出会ったときのカミールも、酒場で思いかけず顔を合わせたときも、来店するたびにばれるかばれないかの際どいところでからかわれたときも、そのすべてにそもそも心遣いがあった。
もちろん、どこの馬の骨ともわからない令嬢を探るという意図も少なからずあっただろう。それでも一介の令嬢に過ぎないアーシェンは、公爵令嬢として教育を受けてきたとはいえ市井での生活が確実に安全に過ごすことは困難であるにもかかわらず、これまで危ない目に遭ったことはない。お忍びだからと護衛のひとりもつれていない令嬢、もとい女性がである。
まだ陽が落ちきっていない夕べは後方10m。陽の半分以上が山の端に隠れて辺りが薄暗くなった宵口は後方8m。護身術も習得済みのアーシェンが気づかないわけがなかった。
「殿下でございましょう。わたくしを陰ながら護衛してくださったのは」
「し、知ってたのか…」
「ふふ、わたくしはただの令嬢ではございませんわ。帝国一の公爵家次期当主です。これくらい造作もないことですの。…さて、そのお心、聞かせて頂いても?」
カミールは息をのんだ。この世の人であることを疑ってしまうほどに美しい女性にこれを言わなければならないのかと、心臓は時がたつほどにうるさくなっていく。でも、伝えておきたい。伝えなければ、もう機会はないだろう。
カミールの言葉を、穏やかにほほ笑んで待っているアーシェンの手を、そっと、震える手で取り口づけた。
「名実ともに俺の婚約者でいて欲しい。俺は君が好きだ。ずっと君を守ると誓おう。そばにいてくれないか」
「その言葉を待っておりました。嬉しいですわ。わたくしも殿下を好ましく思っておりますもの。…ええ、いますとも。少し早いですが誓いましょう。殿下のそばに置いてくださいな」
「ありがとう…! 三か月なのが恨めしいよ」
「殿下。あと二か月ですわ。時間もあまりありませんし、計画とやら、お聞かせくださいませ」
「ああ、もちろんだ。まずは重臣たちの思惑だが…」
何年もかけて王宮内外に配置した情報網から得られた信ぴょう性の高い情報を、惜しげもなくカミールはアーシェンに伝える。知りえてはいけない情報も入っているのではと問えば、そんなものがあるはずもないと一蹴された。
「え、これは…」
「ああ。彼らはとことんこの国を潰す気らしい。情勢を読めず、過去にパルテンが何をしでかしたかも正しく把握せず己の欲だけで行動しているとしか思えないほどの愚行だ」
「そうですね…自分たちの首を絞めていることがわからないのでしょうか…」
「この計画でこの国は終わるだろう。そこで君の力を借りたい」
「もしや帝国に属する、と?」
「その通りだ」
強い決心を滲ませる瞳でカミールは言う。迷いは一寸ともなかった。カミールにとってパルテン国は故郷であると同時に忌まわしい記憶となおも続く危険の巣窟とも言える場所である。国王一家とその周りに集る虫のような貴族が欲望に忠実に動き続けた結果、被害を被るのはいつも平民であった。平民を同じ人間として見ない為政者など、王国には必要ない。
「君にはその先導と、第七妃とキールの安全を保障してもらいたい」
「…わかりました。第七王妃様の方は同意をとらねばなりませんが、お受けいたしましょう。もとより、この国は帝国の一部にすることが今回の目標でしたので」
「なんのうまみもないこの国を?」
「あら、そうでもないですよ? それより大義名分が欲しいところですね。パルテン国を属国にできるほどの」
「それなら向こうが勝手に作ってくれるさ。君も気づいているんだろう? 帝国に対して不遜な態度をとれるパルテン国の後ろ盾がどこか」
アーシェンの唇はきれいな弧を描いて、その間から真っ白な歯が見えた。「もちろんですわ」
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