あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

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#7-①

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 それからちょうど二か月後。アーシェンが帝国に帰ると予定していた日の前日のことであった。

「いよいよ帰れますね! お嬢様!」
「長かったような、短かったような…」

 お嬢様の代わりも大変だったんですから、と両頬を膨らませながら夜着の支度をしている侍女はしかし、嬉しそうに荷が詰められたトランクを見た。

 明日の昼、国王に挨拶をしたのち帝国へと帰る。パルテン国の重臣たちはアーシェンを帰らせまいといろいろ画策していたらしい。帰られてしまっては婚約はなかったこととなり、帝国からの恩恵も受けられなくなるのだ。最初は国王から遣わされた王医だった。

「クルート公爵令嬢様。大変申し上げにくいのですが…」

 王医の女性は、眉をこれでもかとさげながら、しかしその指先は震わせながら言った。唇は真っ青になってしまっている。

「不治の病に侵されていらっしゃいます。帝国では手に入りにくいこちらの薬草でしたら、病気の進行を遅らせることが出来ます。こちらをまずは朝夕一枚づつ、苦みに慣れましたら二枚づつお召あがりください」
「…わたくし、痛みはなくてよ」
「は?」
「その葉っぱは痛みを消してくれる薬草でしょう? さらに規定量よりも多く摂取すると幸福感や満足感を味わえて、そののちの幻覚作用と頭痛に耐えられず追加で服用するようになるという。そのようなものをわたくしに?」
「え、あ…そ、の、」
「あなた、本当にパルテン国で一番優秀な王医ですの? かような薬草を処方するだなんて…。よもや、わたくしを害そうと…?」

 歯がかみ合わず、顔色ももはや真っ青になった王医は、笑って立たぬ膝と震える手を床につき、額を打ちつける勢いで頭を下げた。

「も、申し訳ございませんでした!!! 王命には逆らえず、医者の風上にも置けない行為をしてしまいました。すべて私の責任でございます。ですからどうか罰するならわたくしのみを!! そしてどうか外で待っているであろう陛下の手下にうまくいったと伝言くださいませ」
「いやよ」
「…っ!」
「謝れば許されるとでも思っていて? もしそうならおめでたい人ね。おおかた人質でも取られているのでしょう? その人たちの居場所と、わたくしへの服従であなたの罪を数えるのはやめてあげてもよくてよ」
「あ、あ、な…なんでもします! 私の子供たちは離宮の地下にいると聞いています。ですからどうかあの子たちの命だけは…!」
「いいでしょう。…シュート」

 はっ、と近くに控えていたシュートが応える。

「子供たちの安全を確保しなさい」
「はっ。場所はいかがいたしましょう」
「それは変えずに人を変えなさい」
「御意」

 軽く頭を下げてシュートは部屋を後にする。アーシェンからすれば人質の手綱を持つ人間が変わっただけだが、その王医からしてみれば救世主も同然であった。心から忠誠を誓った人間はそう簡単には裏切らない。その不安要素でもある子供も今はアーシェンの手の中だ。

 アーシェンはその王医を通じ、王宮の内情を詳しく知ることが出来るようになっていた。

「それにしても驚きました。パルテン王とその側近が薬物中毒になっていたなんて…お嬢様の想像通りですか?」
「まさか。そこまで見通せていたら今わたくしはここにいないわ」

 侍女はアーシェンの長い髪を梳かす。絡まりのない絹のような髪は触り心地も格別だった。

「いろんなことがあったけど、無事に帰れそうでよかったわ…」

 目を閉じ、アーシェンは息をつく。本当に退屈しない三か月だった。特に最後の一か月は怒涛の防衛戦だったいえる。

 アーシェンを薬物中毒者にする目論見がうまくいっていないと知るや否や、パルテン王は一晩とあけず暗殺者を送り込んできた。無論、そのすべては自害するかシュートの反撃にあい命を落としている。だがパルテン王への抗議はしなかった。『暗殺者に怯え、眠れぬ夜を過ごすか弱い令嬢』という印象を持たせたかったからである。

 思惑通り、そんな令嬢ひとりも殺せぬ暗殺部隊にパルテン王は怒りをあらわにし、機嫌の悪い日が続いた。そもそも最初の王医がアーシェンに寝返っていることすら考えることなく、目論見がうまくいかなかったとしかとらえられていない時点でおかしいと気づくべきだったのだ。

「シュート、どうだった?」
「はい。パールライト公国はすべてを認め、自治権を全て帝国に返上しました。このことはパルテン王を始め、その重臣たちはまだ知りません」
「そう。第七王妃様は?」
「お嬢の提案におおかた同意しました。帝国の西側沿岸地域に屋敷を準備します」
「ええ。それと身分と使用人も何人か用意してあげて」
「御意」
「ご苦労様。寝ずの番も今日で終わりよ」

 困ったようにくしゃっと笑ったシュートは「そうですね」と残念そうに言う。「もう少し歯ごたえのあるヤツとあってみたかったものです」
「明日には会えるんじゃないかしら。私闘は許可できないけれど、演練ならいいわ」
「本当ですか!」

 新しいおもちゃをもらった子供のように笑う。「約束ですよ」と頭を下げてシュートは部屋を出た。その腰には犬のような尻尾が揺れているかのようだった。

 パールライト公国は新鮮な海産物が売りの国でその経済は海に支えられているといっても過言ではなかった。陸地の面積もそう大きくはなく、パルテン王国とほとんど変わらない。二国は協力し発展していった歴史があったにもかかわらず、パルテン王国が奇襲攻撃を仕掛けたことで一気に関係は悪化した。そこまで軍事力を持っていなかったパールライト公国は大きな山脈を超えた先にある帝国に助力を求めた。軍を派遣し、パルテン王国の敗戦に落ち着かせたのちその対価として帝国の傘下に入り、となった。

 それにもかかわらず、半世紀も経たないうちにパルテン王国を隠れ蓑に帝国に反旗を翻そうとしていたのだ。どうやら帝国が承認しているからこそ公国でいられたということを理解しないまま王位についてしまったアホがいるらしい。

「お嬢様。終わりました。今日はゆっくりお休みになってください。明日からは長旅になりますからね」
「そうね。あなたもしっかり休むのよ」
「ありがとうございます。お休みなさいませ」
「おやすみ」

 きれいにベットメイクされたそこに身を投げる。ぱたりとドアが閉まりひとりになった瞬間、蓄積された疲労がアーシェンの細身を襲った。もう、一ミリたりとも動けない。重たすぎる瞼に従い、ゆっくり呼吸を整えていると、ガラスに小石が当たる音がした。

 今宵は風が強い。でも、四階までいくら小石と言えど上がってはこれまい。よもや侵入者か。いやこれもない。シュートが命を賭してでも通すはずがない。ならば。

「いい加減、正面からいらしたらいかがです?」
「既成事実があったと、王たちに知られたくはないだろう?」
「だったら夜に来なければいいのですよ。紛らわしい時間帯に来るからいけないのです」

 満ちた月の光に照らされていたのはカミールだった。四階だというのにバルコニーから堂々と入ってくる。どうやって登ったかはカミール曰く、企業秘密らしい。

「今日は誰もいなかったから安心して」
「いつもいないのが普通なんですよ。よくまあここまで異常な環境で殿下のようなまともな方が育ったものです。奇跡と言ってもいいのでは?」
「まあいいじゃないか。逢瀬を見た彼も今頃は土の下だろう? それとも海?」
「…」

 アーシェンは頭の中で早くも前言撤回した。デリカシーがないという点では異常なのはカミールも同じだ。

「いよいよ明日だな」
「ええ。早かったですわ。…いえ、新鮮な毎日で長かったかしら」
「今のところ、予想外の動きはない。君がぐっすり眠るくらいは安心できる。だから眠るまでそばにいよう」
「…シュートが外にいることをお忘れなく」
「分かってるよ。変なことはしない。信用してくれ」

 ベッドに入りなおしたアーシェンはその手をカミールに握らせたまま瞼を閉じた。気づけば意識から手を離し、心地よい夢の中へと落ちていった。
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