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閑話 亡国の第二王子の話
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守り育ててくれる大人は、俺が四歳になる前にいなくなった。乳母も、侍女も、母親も。
父親はもとより子供のことなど、愛した女の副産物としか見ていなかった。母方の祖父も、最初こそ守ってくれていたが、数年後、足を悪くして隠居してから手紙のひとつもなかった。
それもそうだ。新たにモリア公爵家を継いだ男が祖父を殺していたのだから。俺はパルテン王国の滅亡を見届けたあとでようやくそれに気づけた。
腐っても王族。王の処刑は国の変革を意味し、その側近の処刑は国の死を意味した。
王と側近の二人を中心に、薬物依存になっていることに気が付いてから頭の中で練って来た計画は、実行の日の目を見ることはないだろうと思っていた。アーシェン嬢が来るまでは。
聞けば、アーシェン嬢を招待口実は、俺との婚約。それも、三か月という異例のお試し婚約。俺は、傍若無人で手の付けられない子供、ということにいつの間にかなっていた。
何が子供だ。もう成人もしているというのに。王位はいらないと再三明言しているのに。そこまでして牽制したいのかと、半ば呆れ気味に諜報員からの調査報告書を燃やした。
帝国に喧嘩を売っているといわれても文句の言いようのないほどの文書を送ったと聞いた時にはいよいよこの国の末を見据えた。そんな国になんの旨みを見出してか来た令嬢。帝国に送った諜報員からは先日婚約破棄されたばかりだという報告書があがった。
なるほど、傷心のあまり自棄になったかと俺は思った。ならば文書に書かれてある通りの王子を演じ、お手上げとばかりに早々に帰ってもらおう。王とその側近の思惑の中には既成事実をつくってしまえ、というのもあるだろうから。
なのに。
唯我独尊な態度に臆さず、歓迎の夜会の翌日には市井にその姿を見せる。誰に対してもおおらかで身分を振りかざすことはないくせに、ここぞというときには公爵令嬢としてものを言う。どんな教育を、いや、どんなに守られ愛されれば、かように強くなれるのかと興味がわいた。
興味は好意に変わり、好意が愛情になるまでそう時間はかからなかった。そのすべてが完璧な令嬢の、不完全なところが見てみたいと時間を無理やり作っては彼女の傍にいた。ばれぬようにひそかにしていた護衛は、きれいに知られていたけれど、それの真意までは知られてなくてよかったと思う。俗に、ストーキングといわれる類の行為のそれと一緒だから。
父親である王の首が飛んだ時、何か思うところがあるだろうかと期待していたが、何もなかった。むしろ、王宮がヒラリオンの族によって陥落した日に服毒しなくなっていた第一王妃を見たときと一緒だった。
この国の貴族の令嬢には生まれてからずっと言い聞かされることがある。
『いつ何時も男を立てること』
『決して男よりも前に出ないこと』
『家門に迷惑がかかると知った時には、肌身離さず持っている毒で自死すること』
生れたばかりの女児には名前よりも先に毒が送られるのだ。ローウンド侯爵家の唯一の令嬢であった第一王妃は、この国が望む女性像その者だったといえよう。それが素晴らしいことだとはみじんも思わないが。
思えばアーシェンを知る前に出逢ってきた女性たちはまさしくその範疇内の令嬢だった。もしかしたらアーシェンは俺にとって、ただ単に新鮮だっただけなのかもしれない。
真っ白なウエディングドレスに身を包むアーシェンがこちらに気づき、ふわっと微笑む。
いや、違う。新鮮だったなんてそんな薄っぺらな言葉で語れるものか。
アーシェンの頭の上には大きなティアラが座している。「きつくないのか」と問えば、「そうでもない…こともない」と困ったように笑った。そんな彼女が愛おしくて、思わずその額にキスをした。
真っ白な馬車は今日の為に用意したキャリッジで、天井はない。二人でそこに座し、音を立てて開く門の間から注がれる光を浴びる。
「アーシェン、緊張しているかい?」
「まさか。わたくしはこの国の妃ですよ? ああ…でも」
「でも?」
「わたくしが唯一の妃でないと知ってしまっては、震えが止まりませんわ」
「ん? どういうこと?」
父親はもとより子供のことなど、愛した女の副産物としか見ていなかった。母方の祖父も、最初こそ守ってくれていたが、数年後、足を悪くして隠居してから手紙のひとつもなかった。
それもそうだ。新たにモリア公爵家を継いだ男が祖父を殺していたのだから。俺はパルテン王国の滅亡を見届けたあとでようやくそれに気づけた。
腐っても王族。王の処刑は国の変革を意味し、その側近の処刑は国の死を意味した。
王と側近の二人を中心に、薬物依存になっていることに気が付いてから頭の中で練って来た計画は、実行の日の目を見ることはないだろうと思っていた。アーシェン嬢が来るまでは。
聞けば、アーシェン嬢を招待口実は、俺との婚約。それも、三か月という異例のお試し婚約。俺は、傍若無人で手の付けられない子供、ということにいつの間にかなっていた。
何が子供だ。もう成人もしているというのに。王位はいらないと再三明言しているのに。そこまでして牽制したいのかと、半ば呆れ気味に諜報員からの調査報告書を燃やした。
帝国に喧嘩を売っているといわれても文句の言いようのないほどの文書を送ったと聞いた時にはいよいよこの国の末を見据えた。そんな国になんの旨みを見出してか来た令嬢。帝国に送った諜報員からは先日婚約破棄されたばかりだという報告書があがった。
なるほど、傷心のあまり自棄になったかと俺は思った。ならば文書に書かれてある通りの王子を演じ、お手上げとばかりに早々に帰ってもらおう。王とその側近の思惑の中には既成事実をつくってしまえ、というのもあるだろうから。
なのに。
唯我独尊な態度に臆さず、歓迎の夜会の翌日には市井にその姿を見せる。誰に対してもおおらかで身分を振りかざすことはないくせに、ここぞというときには公爵令嬢としてものを言う。どんな教育を、いや、どんなに守られ愛されれば、かように強くなれるのかと興味がわいた。
興味は好意に変わり、好意が愛情になるまでそう時間はかからなかった。そのすべてが完璧な令嬢の、不完全なところが見てみたいと時間を無理やり作っては彼女の傍にいた。ばれぬようにひそかにしていた護衛は、きれいに知られていたけれど、それの真意までは知られてなくてよかったと思う。俗に、ストーキングといわれる類の行為のそれと一緒だから。
父親である王の首が飛んだ時、何か思うところがあるだろうかと期待していたが、何もなかった。むしろ、王宮がヒラリオンの族によって陥落した日に服毒しなくなっていた第一王妃を見たときと一緒だった。
この国の貴族の令嬢には生まれてからずっと言い聞かされることがある。
『いつ何時も男を立てること』
『決して男よりも前に出ないこと』
『家門に迷惑がかかると知った時には、肌身離さず持っている毒で自死すること』
生れたばかりの女児には名前よりも先に毒が送られるのだ。ローウンド侯爵家の唯一の令嬢であった第一王妃は、この国が望む女性像その者だったといえよう。それが素晴らしいことだとはみじんも思わないが。
思えばアーシェンを知る前に出逢ってきた女性たちはまさしくその範疇内の令嬢だった。もしかしたらアーシェンは俺にとって、ただ単に新鮮だっただけなのかもしれない。
真っ白なウエディングドレスに身を包むアーシェンがこちらに気づき、ふわっと微笑む。
いや、違う。新鮮だったなんてそんな薄っぺらな言葉で語れるものか。
アーシェンの頭の上には大きなティアラが座している。「きつくないのか」と問えば、「そうでもない…こともない」と困ったように笑った。そんな彼女が愛おしくて、思わずその額にキスをした。
真っ白な馬車は今日の為に用意したキャリッジで、天井はない。二人でそこに座し、音を立てて開く門の間から注がれる光を浴びる。
「アーシェン、緊張しているかい?」
「まさか。わたくしはこの国の妃ですよ? ああ…でも」
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「わたくしが唯一の妃でないと知ってしまっては、震えが止まりませんわ」
「ん? どういうこと?」
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