28 / 30
閑話 亡国の第二王子の話
しおりを挟む
守り育ててくれる大人は、俺が四歳になる前にいなくなった。乳母も、侍女も、母親も。
父親はもとより子供のことなど、愛した女の副産物としか見ていなかった。母方の祖父も、最初こそ守ってくれていたが、数年後、足を悪くして隠居してから手紙のひとつもなかった。
それもそうだ。新たにモリア公爵家を継いだ男が祖父を殺していたのだから。俺はパルテン王国の滅亡を見届けたあとでようやくそれに気づけた。
腐っても王族。王の処刑は国の変革を意味し、その側近の処刑は国の死を意味した。
王と側近の二人を中心に、薬物依存になっていることに気が付いてから頭の中で練って来た計画は、実行の日の目を見ることはないだろうと思っていた。アーシェン嬢が来るまでは。
聞けば、アーシェン嬢を招待口実は、俺との婚約。それも、三か月という異例のお試し婚約。俺は、傍若無人で手の付けられない子供、ということにいつの間にかなっていた。
何が子供だ。もう成人もしているというのに。王位はいらないと再三明言しているのに。そこまでして牽制したいのかと、半ば呆れ気味に諜報員からの調査報告書を燃やした。
帝国に喧嘩を売っているといわれても文句の言いようのないほどの文書を送ったと聞いた時にはいよいよこの国の末を見据えた。そんな国になんの旨みを見出してか来た令嬢。帝国に送った諜報員からは先日婚約破棄されたばかりだという報告書があがった。
なるほど、傷心のあまり自棄になったかと俺は思った。ならば文書に書かれてある通りの王子を演じ、お手上げとばかりに早々に帰ってもらおう。王とその側近の思惑の中には既成事実をつくってしまえ、というのもあるだろうから。
なのに。
唯我独尊な態度に臆さず、歓迎の夜会の翌日には市井にその姿を見せる。誰に対してもおおらかで身分を振りかざすことはないくせに、ここぞというときには公爵令嬢としてものを言う。どんな教育を、いや、どんなに守られ愛されれば、かように強くなれるのかと興味がわいた。
興味は好意に変わり、好意が愛情になるまでそう時間はかからなかった。そのすべてが完璧な令嬢の、不完全なところが見てみたいと時間を無理やり作っては彼女の傍にいた。ばれぬようにひそかにしていた護衛は、きれいに知られていたけれど、それの真意までは知られてなくてよかったと思う。俗に、ストーキングといわれる類の行為のそれと一緒だから。
父親である王の首が飛んだ時、何か思うところがあるだろうかと期待していたが、何もなかった。むしろ、王宮がヒラリオンの族によって陥落した日に服毒しなくなっていた第一王妃を見たときと一緒だった。
この国の貴族の令嬢には生まれてからずっと言い聞かされることがある。
『いつ何時も男を立てること』
『決して男よりも前に出ないこと』
『家門に迷惑がかかると知った時には、肌身離さず持っている毒で自死すること』
生れたばかりの女児には名前よりも先に毒が送られるのだ。ローウンド侯爵家の唯一の令嬢であった第一王妃は、この国が望む女性像その者だったといえよう。それが素晴らしいことだとはみじんも思わないが。
思えばアーシェンを知る前に出逢ってきた女性たちはまさしくその範疇内の令嬢だった。もしかしたらアーシェンは俺にとって、ただ単に新鮮だっただけなのかもしれない。
真っ白なウエディングドレスに身を包むアーシェンがこちらに気づき、ふわっと微笑む。
いや、違う。新鮮だったなんてそんな薄っぺらな言葉で語れるものか。
アーシェンの頭の上には大きなティアラが座している。「きつくないのか」と問えば、「そうでもない…こともない」と困ったように笑った。そんな彼女が愛おしくて、思わずその額にキスをした。
真っ白な馬車は今日の為に用意したキャリッジで、天井はない。二人でそこに座し、音を立てて開く門の間から注がれる光を浴びる。
「アーシェン、緊張しているかい?」
「まさか。わたくしはこの国の妃ですよ? ああ…でも」
「でも?」
「わたくしが唯一の妃でないと知ってしまっては、震えが止まりませんわ」
「ん? どういうこと?」
父親はもとより子供のことなど、愛した女の副産物としか見ていなかった。母方の祖父も、最初こそ守ってくれていたが、数年後、足を悪くして隠居してから手紙のひとつもなかった。
それもそうだ。新たにモリア公爵家を継いだ男が祖父を殺していたのだから。俺はパルテン王国の滅亡を見届けたあとでようやくそれに気づけた。
腐っても王族。王の処刑は国の変革を意味し、その側近の処刑は国の死を意味した。
王と側近の二人を中心に、薬物依存になっていることに気が付いてから頭の中で練って来た計画は、実行の日の目を見ることはないだろうと思っていた。アーシェン嬢が来るまでは。
聞けば、アーシェン嬢を招待口実は、俺との婚約。それも、三か月という異例のお試し婚約。俺は、傍若無人で手の付けられない子供、ということにいつの間にかなっていた。
何が子供だ。もう成人もしているというのに。王位はいらないと再三明言しているのに。そこまでして牽制したいのかと、半ば呆れ気味に諜報員からの調査報告書を燃やした。
帝国に喧嘩を売っているといわれても文句の言いようのないほどの文書を送ったと聞いた時にはいよいよこの国の末を見据えた。そんな国になんの旨みを見出してか来た令嬢。帝国に送った諜報員からは先日婚約破棄されたばかりだという報告書があがった。
なるほど、傷心のあまり自棄になったかと俺は思った。ならば文書に書かれてある通りの王子を演じ、お手上げとばかりに早々に帰ってもらおう。王とその側近の思惑の中には既成事実をつくってしまえ、というのもあるだろうから。
なのに。
唯我独尊な態度に臆さず、歓迎の夜会の翌日には市井にその姿を見せる。誰に対してもおおらかで身分を振りかざすことはないくせに、ここぞというときには公爵令嬢としてものを言う。どんな教育を、いや、どんなに守られ愛されれば、かように強くなれるのかと興味がわいた。
興味は好意に変わり、好意が愛情になるまでそう時間はかからなかった。そのすべてが完璧な令嬢の、不完全なところが見てみたいと時間を無理やり作っては彼女の傍にいた。ばれぬようにひそかにしていた護衛は、きれいに知られていたけれど、それの真意までは知られてなくてよかったと思う。俗に、ストーキングといわれる類の行為のそれと一緒だから。
父親である王の首が飛んだ時、何か思うところがあるだろうかと期待していたが、何もなかった。むしろ、王宮がヒラリオンの族によって陥落した日に服毒しなくなっていた第一王妃を見たときと一緒だった。
この国の貴族の令嬢には生まれてからずっと言い聞かされることがある。
『いつ何時も男を立てること』
『決して男よりも前に出ないこと』
『家門に迷惑がかかると知った時には、肌身離さず持っている毒で自死すること』
生れたばかりの女児には名前よりも先に毒が送られるのだ。ローウンド侯爵家の唯一の令嬢であった第一王妃は、この国が望む女性像その者だったといえよう。それが素晴らしいことだとはみじんも思わないが。
思えばアーシェンを知る前に出逢ってきた女性たちはまさしくその範疇内の令嬢だった。もしかしたらアーシェンは俺にとって、ただ単に新鮮だっただけなのかもしれない。
真っ白なウエディングドレスに身を包むアーシェンがこちらに気づき、ふわっと微笑む。
いや、違う。新鮮だったなんてそんな薄っぺらな言葉で語れるものか。
アーシェンの頭の上には大きなティアラが座している。「きつくないのか」と問えば、「そうでもない…こともない」と困ったように笑った。そんな彼女が愛おしくて、思わずその額にキスをした。
真っ白な馬車は今日の為に用意したキャリッジで、天井はない。二人でそこに座し、音を立てて開く門の間から注がれる光を浴びる。
「アーシェン、緊張しているかい?」
「まさか。わたくしはこの国の妃ですよ? ああ…でも」
「でも?」
「わたくしが唯一の妃でないと知ってしまっては、震えが止まりませんわ」
「ん? どういうこと?」
25
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました
鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。
そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。
「本当に彼なの?」
目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。
彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。
アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。
一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。
幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。
「私の婚約者は、もう私のものではないの?」
「それでも私は……まだ、あなたを――」
10年間の空白が引き裂いた二人の関係。
心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。
運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――?
涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
その令嬢は祈りを捧げる
ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。
エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。
【完結】王女に婚約解消を申し出た男はどこへ行くのか〜そのお言葉は私の価値をご理解しておりませんの? 貴方に執着するなどありえません。
宇水涼麻
恋愛
コニャール王国には貴族子女専用の学園の昼休み。優雅にお茶を愉しむ女子生徒たちにとあるグループが険しい顔で近づいた。
「エトリア様。少々よろしいでしょうか?」
グループの中の男子生徒が声をかける。
エトリアの正体は?
声をかけた男子生徒の立ち位置は?
中世ヨーロッパ風の学園ものです。
皆様に応援いただき無事完結することができました。
ご感想をいただけますと嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
婚約破棄は綿密に行うもの
若目
恋愛
「マルグリット・エレオス、お前との婚約は破棄させてもらう!」
公爵令嬢マルグリットは、女遊びの激しい婚約者の王子様から婚約破棄を告げられる
しかし、それはマルグリット自身が仕組んだものだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる