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…いや。逃げられたな
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「誰だ」
「いやですねぇ、まだ忘れていらっしゃる。そんなことだとどうしてここに来たのかもお忘れで?」
「…知らん」
「ああヤダヤダ。お歳を召すと忘れっぽくなって嫌ですわぁ」
「うるさい。どけるのか、どけないのか」
「はいはい。今どけますよ。まったく、人使いが荒いのは記憶がなくても一緒なんですねぇ」
パンッ、と乾いた音がなる。身体は軽くなり、重たいものも消え去っていた。それを見計らい、上体を起こそうとするが流れた血液で床と服とがくっついて、これまた時間がかかった。
「さて、改めまして。お久しゅうございますわ。ルシファー様」
「は? 俺はヴィ、ぐっ…っ!」
後頭部に釘を打たれているかのように激痛が走った。視界がぐらぐらして、立っていられない。
俺は…シーリアンテ王国の、いや違う。俺の名はヴィシャール…じゃない……?
走馬灯のように遠い昔の音がして、景色が流れる。やがてキャパシティーを超えた情報量に、ひどい吐き気で胃の中の物を全て吐き出してしまった。
「ぐぇっ……エンヴィ。久しいな」
「もう、久しいどころじゃありませんよ? やっと思い出したんですねぇ…これまでどれだけわがままに付き合わされたことか…。とにかく! 目当てのものは手に入ったんですか?」
「目当てのもの?」
はて、と腕を組む。俺はどうしてこの国に生まれようと思ったのか…。
きれいにくりぬかれたように空いたままの天井からは陽の光が差し込んでくる。眩しさに目がくらむその感覚に何か覚えがあるような気がするが、それが何なのかどうもわからない。
しばらく逡巡して、記憶をあさり、ようやく見つけた。
「…いや。逃げられたな」
「カーッ! ルシファー様ともあろうお方が! あの女神ごときに逃げられるとは!」
「うるさい」
小さな体で、その身に合わぬ二本の羽をばたつかせて宙にあるエンヴィを、片手で叩き落とす。へらへらと笑ってまた飛び、エンヴィは歯を見せた。
「図星でしょお? あたしに当たらないでくださいな」
「うるさい。…ん?」
嫌な気配、嫌いな気配が少し離れたところから漂う。まるであの女を前にしたかのように不快で、静かなダンスホールに足音を響かせながらその正体を探した。
赤い巾着だった。
刺繍が豪華に施された、赤い巾着。手のひらほどで、何度も手入れされた形跡のあるそれは、どうやら大事にされていたらしい。手に取り開けてみれば、ぱらぱらと細かい何かが掌の上に広がった。
「…んだこれ?」
「爪でしょう?」
「爪?」
確かに切った後の爪にも見える。だが、それを後生大事に取っておく意味が分からない。どんな変態がこれを持っていたのだろう。…ん? ほかの貴族は?
「おい。貴族の豚どもはどこに行ったんだ? それと国王は?」
きょろきょろと周囲を見渡す。辺りはパーティが開かれたときのままで、違うのはテーブルの上の食材が腐っているのと人がひとりも見当たらないことだろうか。そういえば、どうして瓦礫の下敷きに…。
「女神がここから飛び立ったんですよ。ここの人間は皆、女神から与えられた恩恵によって長寿だったから、その供給元がいなくなって、生命すらなくなったんです」
「うげっ。俺らの契約よりえげつねぇ」
「ですよねぇ。それが女神を名乗ってるんですから詐欺も同然ですわぁ」
ため息をつくエンヴィを横目に、コレクションされた爪に目をやる。嫌な気配はこの爪に違いなくて、となれば、この爪の主はあの女だろう。だが、コレクションする意味はいまだに分からない。
「なんでもいいじゃないですか。さ、食べちゃいましょ!」
「あ?」
「え、女神の身体の一部だったのでしょう? 力がありますよぉ。今ルシファー様が嫌悪されているのがその証拠です!」
確かに、今のままだと力が足りず追いかけることすらかなわないだろう。だが、子どもがピーマンを嫌がる様に、どうも身体が拒否する。
「あの兄妹、ほとんどいつも一緒にいますよねぇ。それで気配が探れるんじゃないですかぁ?」
「…たまにはいいこと言うじゃねぇか」
「ふふん」
手に広げた爪と、巾着に入ったままの爪を一気に口の中に放り込んだ。
「いやですねぇ、まだ忘れていらっしゃる。そんなことだとどうしてここに来たのかもお忘れで?」
「…知らん」
「ああヤダヤダ。お歳を召すと忘れっぽくなって嫌ですわぁ」
「うるさい。どけるのか、どけないのか」
「はいはい。今どけますよ。まったく、人使いが荒いのは記憶がなくても一緒なんですねぇ」
パンッ、と乾いた音がなる。身体は軽くなり、重たいものも消え去っていた。それを見計らい、上体を起こそうとするが流れた血液で床と服とがくっついて、これまた時間がかかった。
「さて、改めまして。お久しゅうございますわ。ルシファー様」
「は? 俺はヴィ、ぐっ…っ!」
後頭部に釘を打たれているかのように激痛が走った。視界がぐらぐらして、立っていられない。
俺は…シーリアンテ王国の、いや違う。俺の名はヴィシャール…じゃない……?
走馬灯のように遠い昔の音がして、景色が流れる。やがてキャパシティーを超えた情報量に、ひどい吐き気で胃の中の物を全て吐き出してしまった。
「ぐぇっ……エンヴィ。久しいな」
「もう、久しいどころじゃありませんよ? やっと思い出したんですねぇ…これまでどれだけわがままに付き合わされたことか…。とにかく! 目当てのものは手に入ったんですか?」
「目当てのもの?」
はて、と腕を組む。俺はどうしてこの国に生まれようと思ったのか…。
きれいにくりぬかれたように空いたままの天井からは陽の光が差し込んでくる。眩しさに目がくらむその感覚に何か覚えがあるような気がするが、それが何なのかどうもわからない。
しばらく逡巡して、記憶をあさり、ようやく見つけた。
「…いや。逃げられたな」
「カーッ! ルシファー様ともあろうお方が! あの女神ごときに逃げられるとは!」
「うるさい」
小さな体で、その身に合わぬ二本の羽をばたつかせて宙にあるエンヴィを、片手で叩き落とす。へらへらと笑ってまた飛び、エンヴィは歯を見せた。
「図星でしょお? あたしに当たらないでくださいな」
「うるさい。…ん?」
嫌な気配、嫌いな気配が少し離れたところから漂う。まるであの女を前にしたかのように不快で、静かなダンスホールに足音を響かせながらその正体を探した。
赤い巾着だった。
刺繍が豪華に施された、赤い巾着。手のひらほどで、何度も手入れされた形跡のあるそれは、どうやら大事にされていたらしい。手に取り開けてみれば、ぱらぱらと細かい何かが掌の上に広がった。
「…んだこれ?」
「爪でしょう?」
「爪?」
確かに切った後の爪にも見える。だが、それを後生大事に取っておく意味が分からない。どんな変態がこれを持っていたのだろう。…ん? ほかの貴族は?
「おい。貴族の豚どもはどこに行ったんだ? それと国王は?」
きょろきょろと周囲を見渡す。辺りはパーティが開かれたときのままで、違うのはテーブルの上の食材が腐っているのと人がひとりも見当たらないことだろうか。そういえば、どうして瓦礫の下敷きに…。
「女神がここから飛び立ったんですよ。ここの人間は皆、女神から与えられた恩恵によって長寿だったから、その供給元がいなくなって、生命すらなくなったんです」
「うげっ。俺らの契約よりえげつねぇ」
「ですよねぇ。それが女神を名乗ってるんですから詐欺も同然ですわぁ」
ため息をつくエンヴィを横目に、コレクションされた爪に目をやる。嫌な気配はこの爪に違いなくて、となれば、この爪の主はあの女だろう。だが、コレクションする意味はいまだに分からない。
「なんでもいいじゃないですか。さ、食べちゃいましょ!」
「あ?」
「え、女神の身体の一部だったのでしょう? 力がありますよぉ。今ルシファー様が嫌悪されているのがその証拠です!」
確かに、今のままだと力が足りず追いかけることすらかなわないだろう。だが、子どもがピーマンを嫌がる様に、どうも身体が拒否する。
「あの兄妹、ほとんどいつも一緒にいますよねぇ。それで気配が探れるんじゃないですかぁ?」
「…たまにはいいこと言うじゃねぇか」
「ふふん」
手に広げた爪と、巾着に入ったままの爪を一気に口の中に放り込んだ。
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