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2.爪の先ほどもございませんわ
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「まだ何か御用ですか?」
こんな居心地の悪い場所になんてひと時たりともいたくはない。相手の気持ちでさえも、自分の都合のいいように頭の中で書き換えてしまうルークにはわからないだろうけど。
「謝罪はないのか? 冷血女め」
「謝罪…と申しますと?」
「はっ、罪の意識もないのか。お前はディーを、ポロネフ男爵令嬢をいじめていたのだろう! いくら高貴な身分とはいえ、いや、高貴であるからこそ謝罪は出来てしかるべきではないのか?」
会場は一気に冷めていく。ここにいるほとんどの人が、皇太子に呆れているのだろう。そして失望し、第一皇子派にどう言い訳して組しようかと画策しているはずだ。
自分の立場や背負うべきものが何たるかを知らない君主など、この帝国にはいらない。逆に君臨を許してしまえば帝国の衰退は火を見るよりも明らかだ。
「皇太子殿下、まずそちらの方をご紹介していただけますか?」
「ふん、白々しい。ウィンディー・ポロネフ男爵令嬢だ。お前の百倍は気が利いて、かわいい」
ポロネフ男爵といえば、先々代の当主に続き先代の当主が優れた功績を残し、準男爵から男爵に格上げされた家である。しかし、当代は、つまりウィンディ―男爵令嬢の父親は、怠惰で領民に重税を課していたばかりか、出仕先の後宮経理部で横領をおこなった。その罰として、廃爵にはならなかったものの、準男爵に叙され当代限りの爵位となり、当主は皇居に出仕することが禁じられた。
なるほど、その娘は焦って手っ取り早く出世しようとしたのか。だとしたらとんでもなくお粗末な、浅はかな考え方だ。
「そうですか。わたくし、その方を今の今まで存じ上げなかったのですが、わたくしがその方をなぜいじめなければならないのです?」
「お前が嫉妬したからだろうが! 醜いぞ、いい加減謝ったらどうだ!」
「はあ、嫉妬ですか。まあ、いいでしょう。証拠は、もちろんございますわよね?」
「それはディーが、」
「よもや、その方の証言のみとはおっしゃいますまいな?」
黒羽の扇子を広げ、口元を隠す。きっと醜く歪んでいるであろう唇を、誰にも見られたくはなかった。
どこまでも墓穴を掘っていく皇太子を、なんと言ってその深い深い穴の底に落とそうかと、考えるだけでうずうずする。
「皇太子殿下、少し考えてみてはくださいませんか? わたくしは公爵令嬢、その者は準男爵令嬢。仮に、わたくしの名誉を守るがため、裁判が開かれたとしましょう。互いに証言のみであった場合、どちらが優先されるかなど、ご説明差し上げなくともわかることではございませんか?」
「黙れ! 皇太子である俺を侮辱する気か!」
「いいえ? そんなつもりは爪の先ほどもございませんわ」
嘘や建前は、驚くほどつらつらと口から出ていく。
私と皇太子とのやり取りは衆目を集めすぎ、もはや一つのショーか何かのようになっていた。恥ずかしさは微塵もないけれど、こんなに気の強い女はどこにも嫁には呼ばれないだろうなと少し心配になった。それもどうせ、家名で何とかなるのだろうけれど。
「リリー嬢! 待ってくれ!!」
騒ぎを聞きつけたのか、予定よりも少し早めに登場した皇帝は、歓迎のラッパも鳴らさずに私の前に駆けてきた。
こんな居心地の悪い場所になんてひと時たりともいたくはない。相手の気持ちでさえも、自分の都合のいいように頭の中で書き換えてしまうルークにはわからないだろうけど。
「謝罪はないのか? 冷血女め」
「謝罪…と申しますと?」
「はっ、罪の意識もないのか。お前はディーを、ポロネフ男爵令嬢をいじめていたのだろう! いくら高貴な身分とはいえ、いや、高貴であるからこそ謝罪は出来てしかるべきではないのか?」
会場は一気に冷めていく。ここにいるほとんどの人が、皇太子に呆れているのだろう。そして失望し、第一皇子派にどう言い訳して組しようかと画策しているはずだ。
自分の立場や背負うべきものが何たるかを知らない君主など、この帝国にはいらない。逆に君臨を許してしまえば帝国の衰退は火を見るよりも明らかだ。
「皇太子殿下、まずそちらの方をご紹介していただけますか?」
「ふん、白々しい。ウィンディー・ポロネフ男爵令嬢だ。お前の百倍は気が利いて、かわいい」
ポロネフ男爵といえば、先々代の当主に続き先代の当主が優れた功績を残し、準男爵から男爵に格上げされた家である。しかし、当代は、つまりウィンディ―男爵令嬢の父親は、怠惰で領民に重税を課していたばかりか、出仕先の後宮経理部で横領をおこなった。その罰として、廃爵にはならなかったものの、準男爵に叙され当代限りの爵位となり、当主は皇居に出仕することが禁じられた。
なるほど、その娘は焦って手っ取り早く出世しようとしたのか。だとしたらとんでもなくお粗末な、浅はかな考え方だ。
「そうですか。わたくし、その方を今の今まで存じ上げなかったのですが、わたくしがその方をなぜいじめなければならないのです?」
「お前が嫉妬したからだろうが! 醜いぞ、いい加減謝ったらどうだ!」
「はあ、嫉妬ですか。まあ、いいでしょう。証拠は、もちろんございますわよね?」
「それはディーが、」
「よもや、その方の証言のみとはおっしゃいますまいな?」
黒羽の扇子を広げ、口元を隠す。きっと醜く歪んでいるであろう唇を、誰にも見られたくはなかった。
どこまでも墓穴を掘っていく皇太子を、なんと言ってその深い深い穴の底に落とそうかと、考えるだけでうずうずする。
「皇太子殿下、少し考えてみてはくださいませんか? わたくしは公爵令嬢、その者は準男爵令嬢。仮に、わたくしの名誉を守るがため、裁判が開かれたとしましょう。互いに証言のみであった場合、どちらが優先されるかなど、ご説明差し上げなくともわかることではございませんか?」
「黙れ! 皇太子である俺を侮辱する気か!」
「いいえ? そんなつもりは爪の先ほどもございませんわ」
嘘や建前は、驚くほどつらつらと口から出ていく。
私と皇太子とのやり取りは衆目を集めすぎ、もはや一つのショーか何かのようになっていた。恥ずかしさは微塵もないけれど、こんなに気の強い女はどこにも嫁には呼ばれないだろうなと少し心配になった。それもどうせ、家名で何とかなるのだろうけれど。
「リリー嬢! 待ってくれ!!」
騒ぎを聞きつけたのか、予定よりも少し早めに登場した皇帝は、歓迎のラッパも鳴らさずに私の前に駆けてきた。
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