婚約破棄? あなたごときにできると思って?

碓氷雅

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3.ひとつ、お願いがございます

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 待ても何も、逃げる気はさらさらない。
 最初に一番大きな墓穴を掘ったのはルークの方だ。おそらくそれに気づいて急いできたのだろうが、もう手遅れだろう。そう分かっているからこそ、血の気の多いお父様も動いていないのだろうし、会場もざわつき始めている。

「マレルガファル公爵令嬢よ。この話は部屋を用意させたゆえ、続きはそちらでする。よいな?」

「はい。勿論でございます。…ですが陛下、ひとつお願いがございます」

「なんだ」

「先ほど、記録官が殿下の言葉をすべて記録しておりました。それが事実でございます。このような公衆でのことでしたので、少々気分が悪しく。ゆえに、わたくしとともにマレルガファル公爵の同席をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「そうか、うむ。許す」

「ありがとうございます」

 皇帝の眉が少しだけ上がったのを、私は見逃さなかった。さすがは皇帝といったところか。マレルガファル公爵家は、帝国の軍事の実権を持つ貴族だ。その当主ともなれば、近衛はもとより一兵士にもなめられぬようにと、幼いころから鍛錬を始める。

 筋骨隆々、大人の男でも一瞬は怯んでしまう気迫がそのオーラにはある。皇帝でさえも必要時以外は顔を合わせたくないと側近に漏らしてしまうほどだ。

 もっとも、お父様は出仕して書類仕事や他人の顔色伺いをすることを一番に嫌っており、ほとんど皇宮にはいないから、うっかり会うこともない。この夜会にも参加する予定はなかった。私がその太い腕を引っ張ってきたのだ。お父様のこめかみの血管が、大きく波打つことになったのは想定外だったけれど。

 私は満を持してお父様に視線を送った。その目には「助けて」とすがる、か弱い娘が映ったことだろう。お父様は必死に怒りを抑えながら、しかし、当然のごとく殺気を漏らしながら私のところまで歩いて来ると、私を大衆の目から守らんとするように私の肩に手を置き、皇帝とルークに向かってニコリと笑った。

 皇帝の唇がひきつった。

「ルーク! このバカ息子が! は、早くマレルガファル公爵令嬢に早く謝らぬか!」

「父上、何をおっしゃいますか! リリーはわがをいじめたのですよ! 何故私が謝らねばならないのです!」

 終わった。この皇子、終わったなと思うと同時に、皇帝の顔は蒼白していった。気持ちは分からないでもないが、二度も言えばこの会場の誰もが事実であると捉えるだろう。

 ルークは、大陸一の帝国の皇太子は、男色家であると。
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