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4.『運命のつがい』
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「運命のつがい」。その言葉はあるおとぎ話をもとにできたものである。大陸唯一の獣人族の国、デクリートのみに伝わるそのおとぎ話は、最近になって大陸全土にも広がりつつあった。
昔々の、大きな戦乱の世が歴史となりつつある頃、とある二人の恋人は深く深く愛し合い、永遠の愛を誓い合った。けれど、お互いの両親にも教会にも、二人が恋人であることは言っていなかった。『結婚』までの道には、果てしなく高く厚い壁が立ちはだかっていたからだ。
身分差は然り、けれど最も大きかったのは同性であることだった。
獣人族は子孫繁栄を一番大事にする。ゆえに、唯一神ハルバラは女神だ。生産性のない同性のつがいなど、迫害の対象どころか病気を疑われ、治る余地なしと言われれば悪魔や魔女と称されて火あぶりにして処刑されるのが一般的であった。
しばらくは二人きりの時間を過ごせた熟年夫婦のような二人だったが、貴族の嫡子であった男に見合い話が舞い込んだことをきっかけに、心中を考えるようになった。今生で結ばれることがないのならいっそ、と。
心中を図ったその翌日、二人は神殿に連れていかれた。貴族の子の両親は平民の男をこれでもかと罵倒した。お前がうちの跡取りを唆したのだろう、と。貴族を侮辱したのだから極刑は当然と司祭に訴えた。時の司祭は裁きの人でもあったが、前例がないことを理由に明日言い渡すとして二人を神殿に留めた。
翌朝、朝の祈りを捧げる司祭に神託が下る。
『神殿に留まりし哀れな恋人たちを、ここに祝福する』
驚いた司祭は急いで二人を呼んだ。それぞれの左手の甲に聖痕が発現しており、その模様は複雑でありながらも、二人を繋いでいるようだった。司祭の説得の末、貴族の子は両親にその結婚を許され、二人は別荘を新居にと与えられた。家を継ぐ者がいなければならないことから嫡子はその弟となった。
この話を聞いた民衆は賛否両論だったものの、ハルバラの祝福を受けた二人に拍手を送るようになり、自分たちの愛を貫いた二人はやがて「運命のつがい」と呼ばれるようになった。
まるで幼子にでも話すかのように簡略化し、お母様はルークとその横を離れようとしないポロネフ男爵令嬢に聞かせた。聞かせられている当の本人たちは、今さらその話をしてどうする? というような小馬鹿にしたような態度だった。皇帝も同席しているというのに。
皇帝の用意した部屋には侍従も入れなかった。あくまで当事者同士で話をさせたいという皇帝の意向のせいだ。これから話し合うことなど、慰謝料の額とどう支払わせるかだけだろうに。
「こんな話を聞かされる俺の気持ちがわかるか? マレルガファル公爵夫人よ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいではないか。そんな埃の被ったおとぎ話など、何の役に立つというのだ?」
ルークは苛立ちを隠さず、つま先をパタンパタンと絨毯に叩き続けている。その視線や態度からにじみ出る不快感は何とも言えない。けれどこれをもう耐えなくてもいいかと思うと気持ちはいくらか楽だった。
私の左隣に座るお父様の強く握られた拳を、何とか抑えようと私はそれに手を置く。ルークの言葉は愛妻家のお父様には耐えられないだろうが、今はこらえてもらわないとこちらの優位が崩れかねない。
「あら、殿下。陛下に頼まれてしたことですのよ。陛下の崇高なご意志など、わたくしなどにははかり知れませんわ」
さすがお母様。『命令』ではなく『頼まれて』と言いながら、崇高なご意志などと皮肉を並べ、「文句があるならそこに座る皇帝に言え」と暗に言っている。ルークにはそんなことは分からないだろうが。
思った通り、ルークは自分が尊敬されているのだと勘違いしたのか、気分をよくしてにんまりと笑った。どこまでも子供のままな皇子は、しかし、帝国議会の重鎮にとっては都合がよかった。対照的に皇帝は汗もなく憔悴している。
「陛下。わたくしから殿下に一言よろしいですか?」
「…許す」
私はにこりと笑って、今まで言えなかった鬱憤をぶちまけた。
「殿下。今の話で、何もお気づきにならなかったのですか? 貴族たちや諸外国の大使が大勢集まる公衆の場で、殿下は『運命のつがい』という言葉を二回も使ったのですよ? しかも二回目は陛下がいらっしゃいましたから、全員が聞いてしまったでしょうね」
「ふん、それがなんだというのだ。ディーは運命のつがいに違いないのだ! 耳からつま先まで、天井知らずに愛らしい」
「殿下ぁ~」
ルークの撫でるウィンディ―準男爵令嬢は、その頬をピンク色に赤らめ、私に向かっては勝ち誇ったかのように口角を上げた。そんな性根の悪さが垣間見えるその笑みをルークは知らない。
はぁ、と大きくため息をついた。ほとほと愛想が尽きた。いや、望みが尽きたというのが正しいかもしれない。もともと、傍若無人なルークには愛情も何もなかったから。
昔々の、大きな戦乱の世が歴史となりつつある頃、とある二人の恋人は深く深く愛し合い、永遠の愛を誓い合った。けれど、お互いの両親にも教会にも、二人が恋人であることは言っていなかった。『結婚』までの道には、果てしなく高く厚い壁が立ちはだかっていたからだ。
身分差は然り、けれど最も大きかったのは同性であることだった。
獣人族は子孫繁栄を一番大事にする。ゆえに、唯一神ハルバラは女神だ。生産性のない同性のつがいなど、迫害の対象どころか病気を疑われ、治る余地なしと言われれば悪魔や魔女と称されて火あぶりにして処刑されるのが一般的であった。
しばらくは二人きりの時間を過ごせた熟年夫婦のような二人だったが、貴族の嫡子であった男に見合い話が舞い込んだことをきっかけに、心中を考えるようになった。今生で結ばれることがないのならいっそ、と。
心中を図ったその翌日、二人は神殿に連れていかれた。貴族の子の両親は平民の男をこれでもかと罵倒した。お前がうちの跡取りを唆したのだろう、と。貴族を侮辱したのだから極刑は当然と司祭に訴えた。時の司祭は裁きの人でもあったが、前例がないことを理由に明日言い渡すとして二人を神殿に留めた。
翌朝、朝の祈りを捧げる司祭に神託が下る。
『神殿に留まりし哀れな恋人たちを、ここに祝福する』
驚いた司祭は急いで二人を呼んだ。それぞれの左手の甲に聖痕が発現しており、その模様は複雑でありながらも、二人を繋いでいるようだった。司祭の説得の末、貴族の子は両親にその結婚を許され、二人は別荘を新居にと与えられた。家を継ぐ者がいなければならないことから嫡子はその弟となった。
この話を聞いた民衆は賛否両論だったものの、ハルバラの祝福を受けた二人に拍手を送るようになり、自分たちの愛を貫いた二人はやがて「運命のつがい」と呼ばれるようになった。
まるで幼子にでも話すかのように簡略化し、お母様はルークとその横を離れようとしないポロネフ男爵令嬢に聞かせた。聞かせられている当の本人たちは、今さらその話をしてどうする? というような小馬鹿にしたような態度だった。皇帝も同席しているというのに。
皇帝の用意した部屋には侍従も入れなかった。あくまで当事者同士で話をさせたいという皇帝の意向のせいだ。これから話し合うことなど、慰謝料の額とどう支払わせるかだけだろうに。
「こんな話を聞かされる俺の気持ちがわかるか? マレルガファル公爵夫人よ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいではないか。そんな埃の被ったおとぎ話など、何の役に立つというのだ?」
ルークは苛立ちを隠さず、つま先をパタンパタンと絨毯に叩き続けている。その視線や態度からにじみ出る不快感は何とも言えない。けれどこれをもう耐えなくてもいいかと思うと気持ちはいくらか楽だった。
私の左隣に座るお父様の強く握られた拳を、何とか抑えようと私はそれに手を置く。ルークの言葉は愛妻家のお父様には耐えられないだろうが、今はこらえてもらわないとこちらの優位が崩れかねない。
「あら、殿下。陛下に頼まれてしたことですのよ。陛下の崇高なご意志など、わたくしなどにははかり知れませんわ」
さすがお母様。『命令』ではなく『頼まれて』と言いながら、崇高なご意志などと皮肉を並べ、「文句があるならそこに座る皇帝に言え」と暗に言っている。ルークにはそんなことは分からないだろうが。
思った通り、ルークは自分が尊敬されているのだと勘違いしたのか、気分をよくしてにんまりと笑った。どこまでも子供のままな皇子は、しかし、帝国議会の重鎮にとっては都合がよかった。対照的に皇帝は汗もなく憔悴している。
「陛下。わたくしから殿下に一言よろしいですか?」
「…許す」
私はにこりと笑って、今まで言えなかった鬱憤をぶちまけた。
「殿下。今の話で、何もお気づきにならなかったのですか? 貴族たちや諸外国の大使が大勢集まる公衆の場で、殿下は『運命のつがい』という言葉を二回も使ったのですよ? しかも二回目は陛下がいらっしゃいましたから、全員が聞いてしまったでしょうね」
「ふん、それがなんだというのだ。ディーは運命のつがいに違いないのだ! 耳からつま先まで、天井知らずに愛らしい」
「殿下ぁ~」
ルークの撫でるウィンディ―準男爵令嬢は、その頬をピンク色に赤らめ、私に向かっては勝ち誇ったかのように口角を上げた。そんな性根の悪さが垣間見えるその笑みをルークは知らない。
はぁ、と大きくため息をついた。ほとほと愛想が尽きた。いや、望みが尽きたというのが正しいかもしれない。もともと、傍若無人なルークには愛情も何もなかったから。
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