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5.全くご存じないですわ
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皇帝はあくまで「当事者同士で」の解決をというが、それは公の問題にしたくないからで、暗に泣き寝入りしろと言っているのだろう。その当事者の片方、ルークは自身の発言の重大性がわかっていない。
「…お父様。お願いがございます」
「何だ」
「ストラテ王国からの提案、受けてください。建前は私が考えますし、責任もきちんと果たしますわ」
「…よかろう」
「待て! なんの話だ。今はルークとどう和解するかを話し合う場だろう?」
ストラテ王国の名を聞いて、皇帝は焦り始めた。
それもそのはず。ストラテ王国はここ十数年で勢力を伸ばしてきた王国である。デクリート帝国がその強大な軍事力で勢力を広げたのに対し、ストラテ王国はその資源力と経済力、つまり貿易で勢力を広げた。そんなストラテ王国に足りないのは軍事力だけだった。だから、マレルガファル公爵家に取引が持ち掛けられた。
「陛下。わたくしは話をするとは言いましたが、それは和解の為ではありません。慰謝料の為です」
「なっ」
「わたくしは10歳で殿下の婚約者になり、言われるがまま次期皇妃としての仕事を致しました。その結果がこれです。これ以上、わたくしに何をしろとおっしゃるのですか?」
皇帝はその堅い仮面を脱いだかの如く怒りをあらわにした。下唇を噛み、握りしめた拳を震わせている。
「陛下、そもそも殿下に和解の意思などないのではありませんか?」
「当たり前だろうが」
口を挟んできたルークはさも当然かのように言い放った。
「そもそも、陛下。殿下はこの場でも、夜会の場でも男色家であられることを宣言なさいました。わたくしでは殿下の、」
「なにを言うか! 侮辱するのもいい加減にしろ!」
ルークはポロネフ男爵令嬢の手をどけて、勢いよく立ち上がった。
「俺が、いつ男が好きだと言った⁈ ふざけるな」
「ふざけてなどおりません。殿下。先ほどのおとぎ話にもありますように『運命のつがい』とは、いわゆる同性のつがいを擁護する言葉なのです」
「なん、だと?」
疑うようにルークはポロネフ男爵令嬢に視線をやった。お前が言っていたことだぞ、とでも言うかのように。
「ごくごく最近の言葉ですから、殿下も意味をご存じでおっしゃっていたのかと思いましたが…」
「そんなっ、それは違いますわ!」
ポロネフ男爵令嬢はピンク色の扇子を握りしめ、立ち上がった。
「運命のつがいは、身分差で一緒になるのが難しい哀れな恋人たちのことですわ! わたくしのおじい様が研究なさっていたことですの。私が間違うなんて、ありえませんわ!」
「いいえ。市井でも、貴族間でも今では同性のつがいのことを言うのですよ。さらに言ってしまえば、ポロネフ男爵の先々代は『運命のつがい』の歴史を、先代はその科学的根拠を研究なさっていたのです。男爵令嬢は残念ながら、おとぎ話を全く新しい見方をしたのですね」
「そ、そんな…。だって、お父様は、」
「ひとつ助言差し上げますが、ポロネフ準男爵はそれらの研究は全くご存じないですわ」
「え…」
あれは皇室に通い始めたときのこと、目覚しく発展していった研究に興味があった私は、第一人者の家系であったポロネフ男爵に話しかけた。私の拙い仮説をどう思うか、考えを聞きたかったのだ。けれど、実際のポロネフ男爵は昼間から酒の匂いを漂わせ、出仕中だというのに酔っぱらっていた。その時の落胆は今でも覚えている。
当時、第一皇子の実母の皇后は病に伏せ、ルークの実母第一皇妃は既に亡くなっていた。後宮のすべてを司っていたのは後宮庁であり、ポロネフ男爵だった。男爵がその仕事をするには分不相応だったが、研究の成果から異議を唱える者はいなかった。だから、横領なんてできたのだ。それも、何かしでかすのではと元老院が秘密裏に監視をつけていたことにより早期解決、降格となった。
「待て、ポロネフ準男爵と言ったか?」
「はい、その通りです」
「記憶までおかしくなったか、リリー。ポロネフ家は研究の成果での貢献で男爵家に昇格になっただろうが」
「数年前に後宮での横領が発覚して、降格になりました。ゆえに準男爵で間違いございませんわ」
まさか、ポロネフ準男爵令嬢は自分の身分を偽っていたのか。けれど、それにしてはポロネフ男爵令嬢自身は比較的ケロッとしている。ルークに守ってもらえるとでも思っているのだろうか。
「…お父様。お願いがございます」
「何だ」
「ストラテ王国からの提案、受けてください。建前は私が考えますし、責任もきちんと果たしますわ」
「…よかろう」
「待て! なんの話だ。今はルークとどう和解するかを話し合う場だろう?」
ストラテ王国の名を聞いて、皇帝は焦り始めた。
それもそのはず。ストラテ王国はここ十数年で勢力を伸ばしてきた王国である。デクリート帝国がその強大な軍事力で勢力を広げたのに対し、ストラテ王国はその資源力と経済力、つまり貿易で勢力を広げた。そんなストラテ王国に足りないのは軍事力だけだった。だから、マレルガファル公爵家に取引が持ち掛けられた。
「陛下。わたくしは話をするとは言いましたが、それは和解の為ではありません。慰謝料の為です」
「なっ」
「わたくしは10歳で殿下の婚約者になり、言われるがまま次期皇妃としての仕事を致しました。その結果がこれです。これ以上、わたくしに何をしろとおっしゃるのですか?」
皇帝はその堅い仮面を脱いだかの如く怒りをあらわにした。下唇を噛み、握りしめた拳を震わせている。
「陛下、そもそも殿下に和解の意思などないのではありませんか?」
「当たり前だろうが」
口を挟んできたルークはさも当然かのように言い放った。
「そもそも、陛下。殿下はこの場でも、夜会の場でも男色家であられることを宣言なさいました。わたくしでは殿下の、」
「なにを言うか! 侮辱するのもいい加減にしろ!」
ルークはポロネフ男爵令嬢の手をどけて、勢いよく立ち上がった。
「俺が、いつ男が好きだと言った⁈ ふざけるな」
「ふざけてなどおりません。殿下。先ほどのおとぎ話にもありますように『運命のつがい』とは、いわゆる同性のつがいを擁護する言葉なのです」
「なん、だと?」
疑うようにルークはポロネフ男爵令嬢に視線をやった。お前が言っていたことだぞ、とでも言うかのように。
「ごくごく最近の言葉ですから、殿下も意味をご存じでおっしゃっていたのかと思いましたが…」
「そんなっ、それは違いますわ!」
ポロネフ男爵令嬢はピンク色の扇子を握りしめ、立ち上がった。
「運命のつがいは、身分差で一緒になるのが難しい哀れな恋人たちのことですわ! わたくしのおじい様が研究なさっていたことですの。私が間違うなんて、ありえませんわ!」
「いいえ。市井でも、貴族間でも今では同性のつがいのことを言うのですよ。さらに言ってしまえば、ポロネフ男爵の先々代は『運命のつがい』の歴史を、先代はその科学的根拠を研究なさっていたのです。男爵令嬢は残念ながら、おとぎ話を全く新しい見方をしたのですね」
「そ、そんな…。だって、お父様は、」
「ひとつ助言差し上げますが、ポロネフ準男爵はそれらの研究は全くご存じないですわ」
「え…」
あれは皇室に通い始めたときのこと、目覚しく発展していった研究に興味があった私は、第一人者の家系であったポロネフ男爵に話しかけた。私の拙い仮説をどう思うか、考えを聞きたかったのだ。けれど、実際のポロネフ男爵は昼間から酒の匂いを漂わせ、出仕中だというのに酔っぱらっていた。その時の落胆は今でも覚えている。
当時、第一皇子の実母の皇后は病に伏せ、ルークの実母第一皇妃は既に亡くなっていた。後宮のすべてを司っていたのは後宮庁であり、ポロネフ男爵だった。男爵がその仕事をするには分不相応だったが、研究の成果から異議を唱える者はいなかった。だから、横領なんてできたのだ。それも、何かしでかすのではと元老院が秘密裏に監視をつけていたことにより早期解決、降格となった。
「待て、ポロネフ準男爵と言ったか?」
「はい、その通りです」
「記憶までおかしくなったか、リリー。ポロネフ家は研究の成果での貢献で男爵家に昇格になっただろうが」
「数年前に後宮での横領が発覚して、降格になりました。ゆえに準男爵で間違いございませんわ」
まさか、ポロネフ準男爵令嬢は自分の身分を偽っていたのか。けれど、それにしてはポロネフ男爵令嬢自身は比較的ケロッとしている。ルークに守ってもらえるとでも思っているのだろうか。
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