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6.お断りしますわ
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ルークは珍しく汗を見せた。ようやく自分の言葉の重大性がわかったようだ。わなわなと揺らす手を押さえつけるかのようにして、ルークは固唾を飲み込んだ。
「で、でも、皆は俺が男色家なんて信じないはずだ」
「あら、どうしてですか?」
「はぁ? お前は馬鹿か。横にはディーがいたんだぞ? 冗談か、若しくは余興だと思っているに違いない」
そうだ、そうに違いない、とルークは自分に言い聞かせていた。
私は黒羽の扇子で口元を覆った。殿下のバカさ加減にもはや憐みの笑みさえ零れてしまう。誰がどう勘違いしていようと、公式の記録に載ってしまっているのだ。訂正は不可能。それがわからないとは…。それに、余興だとか冗談だと思っている人は少ないだろう。
「殿下。今は男性の女装や、豊胸の手術などが許容されているのですよ? ポロネフ準男爵令嬢はそもそも社交界ではあまり知られていない令嬢ですし、生まれは男性であると思われても仕方ないと思われます」
「は…」
「そんなっ! ディーは女ですぅ。殿下ぁ~、わたくし怖いですわぁ。殿下なら、ディーが女だってご存じですもの、証明してくださいますわよね?」
さぁっとルークの顔から血の気が引いていく。ルークがルークなら、令嬢も令嬢だ。よりにもよって、皇帝と公爵の前で婚前交渉の証拠ともとれる発言をするなんて。呆れてものも言えない。ともあれ、ここまで礼儀はきちんと尽くした。私は遠慮を捨てた。
「さて、話を本題に戻させていただきます。よろしいですよね、陛下」
「ああ…」
絶望の仕方が親子そろって一緒で、少し可笑しい。笑いをこらえ、言葉を続ける。
「わたくしは先ほど申しました通りこの十二年間、皇室のため、帝国のため尽くしてまいりました。このような結果となったのはわたくしの力が至らなかった——のではなく、皇室に責任があることに間違いございませんね? 殿下」
「お前…調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「では、どんな理由ですか? そこをはっきりさせていただかないと」
お母様もお父様もじっと黙って見守ってくれている。長年言いたかったことが口からどんどん溢れてきて、止まらない。止める必要もないか、と開き直ってすらいる。
「お前がディーをいじめていたのだろうが。そんな冷酷なヤツが国母になるなど許されることではない! 大体、お前は半端者ではないか! そんな女を皇室に入れるなん、グハッ」
「きゃあ! ルーク様ぁ!」
ルークの身体は見事に飛んだ。倒れ、その頬は赤く腫れあがっている。どうしてこうも後先考えずに言えるのか、理解できない。『半端者』つまり、獣人族と人間のハーフであることを、お父様の前で侮辱するとは…命知らずにもほどがある。
皇帝はピクリとも動かなかった。実の息子を諦めたのではなく、きっと動けば自分にもお父様の拳が来るのではと恐れたのだろう。どこまでも自分本位な親子だ。
「殿下。今おっしゃった中にわたくしが皇妃を諦めねばならない理由などありませんわ。『半端者』などとおっしゃいましたが、その半端者に頭を下げたのはこの国の中枢、元老院です。次期皇帝は殿下にと陛下が望まれたので、その補佐のためにわたくしは婚約者となったのです」
「う、嘘だ…。俺には皇帝になる資格が…」
「本当にあるとお思いで? 皇立学園の生徒会長であらせられた殿下、一度でも仕事をなさったことがあって?」
「そ、れは…」
「学園は小さな国のようなもの。帝王学でそう学びましたわね、殿下」
「…」
ルークはぐっと下唇をかみしめて、腫れあがった頬を抑えながら私を睨みつけた。痛みからか涙のこぼれそうな目と膝をついたままの姿勢が、性格の悪い私をたぎらせる。
「そしてポロネフ男爵がわたくしにいじめられたとおっしゃいましたね。冷酷な者は国母になるべきではないと」
「怖いですわぁ、殿下ぁ~。わたくし、ずっといじめられていましたのよ…」
ポロネフ男爵令嬢はルークにその身を寄せる。男から見れば庇護欲をそそる姿なのだろうが、私は吐き気を覚えた。
「では、いじめごときも対処できない者が果たして人の上に立てましょうか?」
「殿下ぁ~。きゃっ!」
ルークはその手を振り払い、立って膝の埃を払った。ポロネフ男爵令嬢を睨みつけると、私に気味の悪い笑みを見せた。
「わかった。お前の言いたいことは理解した。…お前を俺の婚約者に戻してやる」
「お断りしますわ」
「で、でも、皆は俺が男色家なんて信じないはずだ」
「あら、どうしてですか?」
「はぁ? お前は馬鹿か。横にはディーがいたんだぞ? 冗談か、若しくは余興だと思っているに違いない」
そうだ、そうに違いない、とルークは自分に言い聞かせていた。
私は黒羽の扇子で口元を覆った。殿下のバカさ加減にもはや憐みの笑みさえ零れてしまう。誰がどう勘違いしていようと、公式の記録に載ってしまっているのだ。訂正は不可能。それがわからないとは…。それに、余興だとか冗談だと思っている人は少ないだろう。
「殿下。今は男性の女装や、豊胸の手術などが許容されているのですよ? ポロネフ準男爵令嬢はそもそも社交界ではあまり知られていない令嬢ですし、生まれは男性であると思われても仕方ないと思われます」
「は…」
「そんなっ! ディーは女ですぅ。殿下ぁ~、わたくし怖いですわぁ。殿下なら、ディーが女だってご存じですもの、証明してくださいますわよね?」
さぁっとルークの顔から血の気が引いていく。ルークがルークなら、令嬢も令嬢だ。よりにもよって、皇帝と公爵の前で婚前交渉の証拠ともとれる発言をするなんて。呆れてものも言えない。ともあれ、ここまで礼儀はきちんと尽くした。私は遠慮を捨てた。
「さて、話を本題に戻させていただきます。よろしいですよね、陛下」
「ああ…」
絶望の仕方が親子そろって一緒で、少し可笑しい。笑いをこらえ、言葉を続ける。
「わたくしは先ほど申しました通りこの十二年間、皇室のため、帝国のため尽くしてまいりました。このような結果となったのはわたくしの力が至らなかった——のではなく、皇室に責任があることに間違いございませんね? 殿下」
「お前…調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「では、どんな理由ですか? そこをはっきりさせていただかないと」
お母様もお父様もじっと黙って見守ってくれている。長年言いたかったことが口からどんどん溢れてきて、止まらない。止める必要もないか、と開き直ってすらいる。
「お前がディーをいじめていたのだろうが。そんな冷酷なヤツが国母になるなど許されることではない! 大体、お前は半端者ではないか! そんな女を皇室に入れるなん、グハッ」
「きゃあ! ルーク様ぁ!」
ルークの身体は見事に飛んだ。倒れ、その頬は赤く腫れあがっている。どうしてこうも後先考えずに言えるのか、理解できない。『半端者』つまり、獣人族と人間のハーフであることを、お父様の前で侮辱するとは…命知らずにもほどがある。
皇帝はピクリとも動かなかった。実の息子を諦めたのではなく、きっと動けば自分にもお父様の拳が来るのではと恐れたのだろう。どこまでも自分本位な親子だ。
「殿下。今おっしゃった中にわたくしが皇妃を諦めねばならない理由などありませんわ。『半端者』などとおっしゃいましたが、その半端者に頭を下げたのはこの国の中枢、元老院です。次期皇帝は殿下にと陛下が望まれたので、その補佐のためにわたくしは婚約者となったのです」
「う、嘘だ…。俺には皇帝になる資格が…」
「本当にあるとお思いで? 皇立学園の生徒会長であらせられた殿下、一度でも仕事をなさったことがあって?」
「そ、れは…」
「学園は小さな国のようなもの。帝王学でそう学びましたわね、殿下」
「…」
ルークはぐっと下唇をかみしめて、腫れあがった頬を抑えながら私を睨みつけた。痛みからか涙のこぼれそうな目と膝をついたままの姿勢が、性格の悪い私をたぎらせる。
「そしてポロネフ男爵がわたくしにいじめられたとおっしゃいましたね。冷酷な者は国母になるべきではないと」
「怖いですわぁ、殿下ぁ~。わたくし、ずっといじめられていましたのよ…」
ポロネフ男爵令嬢はルークにその身を寄せる。男から見れば庇護欲をそそる姿なのだろうが、私は吐き気を覚えた。
「では、いじめごときも対処できない者が果たして人の上に立てましょうか?」
「殿下ぁ~。きゃっ!」
ルークはその手を振り払い、立って膝の埃を払った。ポロネフ男爵令嬢を睨みつけると、私に気味の悪い笑みを見せた。
「わかった。お前の言いたいことは理解した。…お前を俺の婚約者に戻してやる」
「お断りしますわ」
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