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20.死んでいただけますか
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王宮の周りには狭くはない森が広がっている。それを抜けると広がる王都最大の街の一角にルアー公爵の邸宅はある。最短の道に馬を走らせた。慣れなかった乗馬も、半年もすれば乗れるようになった。危うくトラウマになりそうになったことは忘れられないが、どこまでも黒いその馬は、僕を心から信頼してくれているようで落馬しそうになることもない。
心配させまいと、前だけを見て手綱を緩める。森の入口でひっそりと人影があることに気付いた。
闇に紛れるように黒のマントを頭から羽織る、マキシマムだった。
「護衛もつけずにこんなところで何を?」
馬を止め、マキシマムに言う。
「…」
「まさか、君が犯人だったのか…、なんてね」
「お戯れはいい加減にしてください。この事件があなたの計画のうちであることはわかっています。これが必要だったことも理解できます。でも、これっきりにしてください。あまりにリリー嬢が危険です。またやるというのなら、そんな計画があるのなら、リリー嬢が何と言おうと帝国に連れて帰ります」
「おや、そんなに軍事力が惜しかったのかい?」
「ふざけないでください。ただ…、リリー嬢が心配で…っ」
「それを彼女が知らないのは…哀れだね」
「どうとでも」
「まあ、いいよ。これから先、こんなことは二度と起きないからね」
「信じておりますよ」
「ああ、約束しよう。…その敬語を君がやめるならね」
そう言い残して、僕は再び馬を走らせた。ルアー公爵邸が近づくにつれて、手綱を握る手に汗がにじむ。どくどくと拍打つ心臓は酸欠のせいにして、ただただリリー嬢の無事を祈った。
目が覚めて、麻の独特なにおいが鼻を突いた。何も見えない代わりに耳を澄ますが、不自然なほど周りに音がない。どこかの地下牢にでも入れられたのかと推測するのにそう時間はかからなかった。
椅子に座らせられているのはわかるが、脚と手首が椅子に縛り付けられていて自由がない。あそびすらなくて、肌に縄がすれて痛かった。重心をずらし、動けるか試すが椅子も固定されているようでびくともしない。なるほど、地下は地下でも尋問部屋のようなものか。
自分の家が軍事を司る家門だと悟った時から尋問や拷問は覚悟していたが、いざその可能性が目の前に来ると身体の震えが止まらない。私も一人の令嬢に過ぎないのだと、無力感が身に染みた。
敵に、弱さを見せてはいけない。見張りすらもいないことを幸いに、深呼吸を繰り返して無理やり落ち着かせようと、身体の力を抜く。
ここに来る前は何をしていたのだったか。たしか、陛下に呼ばれていると連れていかれて、さすがにおかしいと反抗したら首に痛みが走って。
ゆっくりと状況を把握し、誘拐されたのだと私は悟った。誘拐された時の対処方法はお父様から仕込まれている。けれどそれは、公爵家の絶大な権力が効くデクリート帝国内に限られたことで、ストラテ王国でそれが通じるとは限らない。
イチかバチか。低すぎるその確率にかけようかどうかと思案していると、錆びた鉄の音が響いて足音が近づいてきた。
「よくお眠りになられましたかな?」
「…」
聞きなれない声にどう応えたものかと思う。麻袋がとられ、久しぶりの光に目を細めた。初老の、パーティーで見かけた顔の男が立っている。
「リリー嬢、お初にお目にかかります。…死んでいただけますか」
ここまで清々しい殺意はいっそ、好ましく思えた。
心配させまいと、前だけを見て手綱を緩める。森の入口でひっそりと人影があることに気付いた。
闇に紛れるように黒のマントを頭から羽織る、マキシマムだった。
「護衛もつけずにこんなところで何を?」
馬を止め、マキシマムに言う。
「…」
「まさか、君が犯人だったのか…、なんてね」
「お戯れはいい加減にしてください。この事件があなたの計画のうちであることはわかっています。これが必要だったことも理解できます。でも、これっきりにしてください。あまりにリリー嬢が危険です。またやるというのなら、そんな計画があるのなら、リリー嬢が何と言おうと帝国に連れて帰ります」
「おや、そんなに軍事力が惜しかったのかい?」
「ふざけないでください。ただ…、リリー嬢が心配で…っ」
「それを彼女が知らないのは…哀れだね」
「どうとでも」
「まあ、いいよ。これから先、こんなことは二度と起きないからね」
「信じておりますよ」
「ああ、約束しよう。…その敬語を君がやめるならね」
そう言い残して、僕は再び馬を走らせた。ルアー公爵邸が近づくにつれて、手綱を握る手に汗がにじむ。どくどくと拍打つ心臓は酸欠のせいにして、ただただリリー嬢の無事を祈った。
目が覚めて、麻の独特なにおいが鼻を突いた。何も見えない代わりに耳を澄ますが、不自然なほど周りに音がない。どこかの地下牢にでも入れられたのかと推測するのにそう時間はかからなかった。
椅子に座らせられているのはわかるが、脚と手首が椅子に縛り付けられていて自由がない。あそびすらなくて、肌に縄がすれて痛かった。重心をずらし、動けるか試すが椅子も固定されているようでびくともしない。なるほど、地下は地下でも尋問部屋のようなものか。
自分の家が軍事を司る家門だと悟った時から尋問や拷問は覚悟していたが、いざその可能性が目の前に来ると身体の震えが止まらない。私も一人の令嬢に過ぎないのだと、無力感が身に染みた。
敵に、弱さを見せてはいけない。見張りすらもいないことを幸いに、深呼吸を繰り返して無理やり落ち着かせようと、身体の力を抜く。
ここに来る前は何をしていたのだったか。たしか、陛下に呼ばれていると連れていかれて、さすがにおかしいと反抗したら首に痛みが走って。
ゆっくりと状況を把握し、誘拐されたのだと私は悟った。誘拐された時の対処方法はお父様から仕込まれている。けれどそれは、公爵家の絶大な権力が効くデクリート帝国内に限られたことで、ストラテ王国でそれが通じるとは限らない。
イチかバチか。低すぎるその確率にかけようかどうかと思案していると、錆びた鉄の音が響いて足音が近づいてきた。
「よくお眠りになられましたかな?」
「…」
聞きなれない声にどう応えたものかと思う。麻袋がとられ、久しぶりの光に目を細めた。初老の、パーティーで見かけた顔の男が立っている。
「リリー嬢、お初にお目にかかります。…死んでいただけますか」
ここまで清々しい殺意はいっそ、好ましく思えた。
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