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29.少し、散歩しませんか
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その晩餐会は豪華ながらも、ごく少数でおこなわれた。端々に気をまわしていることがわかるほどの、コースや装飾。本来は王妃の仕事であるそれを、普段政務で忙しいレオナルドとノアがこなしたという。時間がなかったとはいえ、多少の罪悪感を覚えた。
「ここまでのもてなし、世界広しといえどストラテ王国ほどに気配りができる国はありますまい。心から礼を申します」
コースも終盤に差し掛かり、デザートが半分ほどなくなると食後のワインが配られたところで、マキシマムは言った。上座に座るレオは柔らかく笑う。
「おや? 少々堅くないかい?」
「これはこれは、手厳しい。今まで堅っ苦しい話をしていたのです。ほいほいと変えられるものではないでしょう?」
さっきまでは帝国の書記官が同席し、レオナルドとマキシマムの会話を書き留めていた。交易、外交、軍事、そして同盟。それぞれの思惑がぶつかり合い、とても口を挟めるものではなかった。それでも不思議と話はまとまり、利や損が偏りそうにあってもとんとんなところで落ち着くのだ。ひとえに二人の卓越した話術の賜物だろう。
ただひとつ、意見できたのはレオナルドが話を振ってくれたからだ。「同盟の証は何が一番適切か」と。新興国とはいえ、今まで国を動かしてきた人間ならそれくらい知っていて当然だ。これだから新興国は、と揶揄する者が使節団の中にいたが、マキシマムの眼光に押し黙った。マキシマムにはわかっていたのだろう。レオナルドの意図するところが、私であると。
「婚約がよろしいかと。皇太子殿下には婚約者はおられないとお聞きしておりますわ」
「ええ、わたくしにはまだおりません。何年も留学しておりまして、お恥ずかしながらこの年までおりませんでした。ですが、今はこれが幸いとなりましたね」
「おや、マキシマム殿下は快く引き受けてくれるか。こればっかりは当人同士の気持ちもありましょう。なあ、シュリ―」
使節団の晩餐会に出席する女性というのは王妃か、女王かの二択が常識だが、ストラテ王国では違う。少なからず政に心得と知識があり、その場に必要な人間であればだれであれ、席を持てる。それこそ、特別な知識を持っているのであれば平民だろうが下級貴族であろうが性別は関係ないらしい。他国の手前、多少のマナーの履修は必須ではあるが。
私の右隣に座るシュリ―は、レオナルドに微笑んで頷いた。来年二十歳になるというシュリ―はその頬をぽっと赤くして食事を続ける。その様子からして嫌ではないことに胸をなでおろした。政略結婚が義務だとは言え、できれば無理強いはさせたくない。
レオナルドの書いた筋書き通りに私とシュリ―は使節団に一目置かれるようになった。ほかでもない一国の王が意見を求めるほどの人物、その意思を確認するほどの人物、と。自分にどれだけの能力があったとしても、男尊女卑の根付く獣人には対等には見られない。思想の根源の宗教は女神を崇拝しているが、それでも協会の重要な会議に女性はいないのだ。それだけ心の奥深くに根付いたものになってしまっている。
長い間、留学していたマキシマムがその限りでないことにひどく安堵した。
「気になるとすれば、マキシマム殿下のとの年齢差だろうね」
マキシマムは今年28歳。対して、シュリ―は来年やっと成人という妙齢。これにはストラテ王国側も、デクリート帝国側も何かしら意義を申し立てるものが出てきてもおかしくない。
「陛下、その心配はないと存じます」
「ん、考えを聞かせてくれるかい」
「はい」
獣人は人間よりも数十年長く生きる。近年の研究では平均寿命が50年も違う地域もあるらしい。そのために、生殖可能年齢も人間より長く、見た目も同じ年齢の獣人と人間を比べれば、歳が高いほどその差は顕著だ。
私はそこまで話して、次の言葉に困った。獣人と人間の合いの子は子供ができにくい。私にも当てはまるそれを言うべきか、言わないでおくべきか。国同士の利益のために結ばれる婚約だからこそ、ある程度の者には周知されるべき事実だが、言ってしまえばレオナルドはどう反応するだろう。
そもそもこれを知っておきながら「婚約を」と言った、数秒前の私を殴ってやりたい。そこまで考えが及ばなかったなんて、情けないにもほどがある。
「いくら年齢差があるとはいえ、獣人の20代は人間の10代との研究も出ております。ですから、それほど問題ではないかと」
「うん、そうだね。ありがとう」
結局、口にすることはできないまま、私は自分を嫌悪した。
公式の場でなくなれば、つまり書記官が退出すると、他愛のない話に花を咲かせしばらくして晩餐会は幕を下ろした。使節団を部屋に帰し、レオナルドと私、マキシマムとシュリ―に分かれて部屋を後にする。もちろん複数人のメイドがそれぞれに付き従う。方や婚前、方や婚約以前の男女だ。いらぬ噂は立てないことに越したことはない。
「少し、散歩しませんか」
普段と違う言い方で、レオナルドは私の手を取った。物腰柔らかそうな言葉のくせに、その強引さは変わらない。けれど優しさも変わらないから、私は嬉々としてその手を握り返した。
「ここまでのもてなし、世界広しといえどストラテ王国ほどに気配りができる国はありますまい。心から礼を申します」
コースも終盤に差し掛かり、デザートが半分ほどなくなると食後のワインが配られたところで、マキシマムは言った。上座に座るレオは柔らかく笑う。
「おや? 少々堅くないかい?」
「これはこれは、手厳しい。今まで堅っ苦しい話をしていたのです。ほいほいと変えられるものではないでしょう?」
さっきまでは帝国の書記官が同席し、レオナルドとマキシマムの会話を書き留めていた。交易、外交、軍事、そして同盟。それぞれの思惑がぶつかり合い、とても口を挟めるものではなかった。それでも不思議と話はまとまり、利や損が偏りそうにあってもとんとんなところで落ち着くのだ。ひとえに二人の卓越した話術の賜物だろう。
ただひとつ、意見できたのはレオナルドが話を振ってくれたからだ。「同盟の証は何が一番適切か」と。新興国とはいえ、今まで国を動かしてきた人間ならそれくらい知っていて当然だ。これだから新興国は、と揶揄する者が使節団の中にいたが、マキシマムの眼光に押し黙った。マキシマムにはわかっていたのだろう。レオナルドの意図するところが、私であると。
「婚約がよろしいかと。皇太子殿下には婚約者はおられないとお聞きしておりますわ」
「ええ、わたくしにはまだおりません。何年も留学しておりまして、お恥ずかしながらこの年までおりませんでした。ですが、今はこれが幸いとなりましたね」
「おや、マキシマム殿下は快く引き受けてくれるか。こればっかりは当人同士の気持ちもありましょう。なあ、シュリ―」
使節団の晩餐会に出席する女性というのは王妃か、女王かの二択が常識だが、ストラテ王国では違う。少なからず政に心得と知識があり、その場に必要な人間であればだれであれ、席を持てる。それこそ、特別な知識を持っているのであれば平民だろうが下級貴族であろうが性別は関係ないらしい。他国の手前、多少のマナーの履修は必須ではあるが。
私の右隣に座るシュリ―は、レオナルドに微笑んで頷いた。来年二十歳になるというシュリ―はその頬をぽっと赤くして食事を続ける。その様子からして嫌ではないことに胸をなでおろした。政略結婚が義務だとは言え、できれば無理強いはさせたくない。
レオナルドの書いた筋書き通りに私とシュリ―は使節団に一目置かれるようになった。ほかでもない一国の王が意見を求めるほどの人物、その意思を確認するほどの人物、と。自分にどれだけの能力があったとしても、男尊女卑の根付く獣人には対等には見られない。思想の根源の宗教は女神を崇拝しているが、それでも協会の重要な会議に女性はいないのだ。それだけ心の奥深くに根付いたものになってしまっている。
長い間、留学していたマキシマムがその限りでないことにひどく安堵した。
「気になるとすれば、マキシマム殿下のとの年齢差だろうね」
マキシマムは今年28歳。対して、シュリ―は来年やっと成人という妙齢。これにはストラテ王国側も、デクリート帝国側も何かしら意義を申し立てるものが出てきてもおかしくない。
「陛下、その心配はないと存じます」
「ん、考えを聞かせてくれるかい」
「はい」
獣人は人間よりも数十年長く生きる。近年の研究では平均寿命が50年も違う地域もあるらしい。そのために、生殖可能年齢も人間より長く、見た目も同じ年齢の獣人と人間を比べれば、歳が高いほどその差は顕著だ。
私はそこまで話して、次の言葉に困った。獣人と人間の合いの子は子供ができにくい。私にも当てはまるそれを言うべきか、言わないでおくべきか。国同士の利益のために結ばれる婚約だからこそ、ある程度の者には周知されるべき事実だが、言ってしまえばレオナルドはどう反応するだろう。
そもそもこれを知っておきながら「婚約を」と言った、数秒前の私を殴ってやりたい。そこまで考えが及ばなかったなんて、情けないにもほどがある。
「いくら年齢差があるとはいえ、獣人の20代は人間の10代との研究も出ております。ですから、それほど問題ではないかと」
「うん、そうだね。ありがとう」
結局、口にすることはできないまま、私は自分を嫌悪した。
公式の場でなくなれば、つまり書記官が退出すると、他愛のない話に花を咲かせしばらくして晩餐会は幕を下ろした。使節団を部屋に帰し、レオナルドと私、マキシマムとシュリ―に分かれて部屋を後にする。もちろん複数人のメイドがそれぞれに付き従う。方や婚前、方や婚約以前の男女だ。いらぬ噂は立てないことに越したことはない。
「少し、散歩しませんか」
普段と違う言い方で、レオナルドは私の手を取った。物腰柔らかそうな言葉のくせに、その強引さは変わらない。けれど優しさも変わらないから、私は嬉々としてその手を握り返した。
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