婚約破棄? あなたごときにできると思って?

碓氷雅

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30.嫌いにはなりません。…好きにもなりません

 淡い月光が降り注ぐ中、レオナルドのリードで石庭を歩いた。遠い異国の『あわれ』という心を写したものだと、レオナルドが教えてくれる。きれいなものだろう、と。消え入りそうな声で言ったきり、黙って手を引っ張っていく。

 私からの言葉を待っているのかもと気づいたのは少ししてからだった。

「あの、陛下」

「うん」

「すこし、お話がございます」

「うん。椅子を用意させているから、座ろうか」

 竹編みの柔らかい長椅子に、ふたりして腰掛ける。遠く離れて待機するメイドから受け取っていたひざ掛けを、少し冷えるからね、と広げてくれた。

 ここまでお膳立てされたのだ。もう、後には引けない。覚悟を決めて、私は彼の目を見つめた。

「私は、子供が産めません」

「うん、嫌いでもいいから…って、え?」

「え?」

 まったく会話のかみ合わない返事に、私は首をかしげるしかなかった。

「こ、ども? 子供…ああ、あれか。なんだ…そんなことか」

「そんな、こと…」

「あ、いや、そうじゃなくて。…すまない、僕は君のことはすべて知ったうえで婚約の話を持ち掛けたんだ。だから、ぼくにとっては子供の話はそう重要じゃないんだよ」

 重要では、ない。その一言で肩の荷が下りたような気がした。けれど胸の黒いもやは晴れず、むしろ勢力が増しているように思う。なぜだろう。目の前でへらへらと笑う男に、ひどく、腹が立つ。

「そう、ですか」

「少し長くなるけど、話を聞いてくれるかい」

 レオナルドは淡々と、まるでセリフのように話した。大陸初の共和国をつくろうとしていること。そのために今まで準備してきたこと。今回の私の誘拐で捕まったのはそんな思想に反し、自らの特権を手放したくないと権力におぼれた者たちだったこと。

 時折、私を心配する言葉をかけてくれる。寒くはないか、怖くはないか。すべて「大丈夫です」と答えていたけれど、限界は近い。感情のコントロールなんて、社交界に出る前までに習得したはずなのに。どうしてこんなにも、悲しいのだろう。

 共和国というのは、王のいない国だという。では誰が国を治めるのかと聞けば、民が自ら治めるのだと答える。聞けば聞くほど、桃源郷、理想郷のような話だ。貴族制度も階級もなく、皆が平等な世界。努力し、知識を得、それを使いこなせる者が統治者の一部となる。

 この国をそうするためには、現国王に子供がいてはならない。必ず、争いの火種となる。

 わかっている。彼は真剣そのもので、私をからかっているのでも馬鹿にしているのでもない。むしろ、自分のよき理解者としてこの話をしてくれているのだろう。話はすべて理解できる。頭では。今の情勢を鑑みても、この国に帝国の後ろ盾がついたのだからあと数年というところだろうとまでは考えられる。頭では。

 悲しいことに、心が、追いついてくれない。

「わかりました。惜しみなく協力させていただきますわ」

「そうか! ありがとう、リリー」

「そういえば、陛下。先ほど、嫌いでもいいから、とおっしゃっておられましたが…」

「あ、ああ。…忘れてくれ」

 恥ずかしそうにこめかみをかくレオナルドに、静かに言う。

「嫌いにはなりません。…好きにもなりません。ご安心ください」

「え?」

 私は、ちゃんと笑えていたかしら? 口角が引きつってはいなかったかしら?

「陛下。わたくしはこの短い間で、陛下に愛される夢を見ていたようです。それをわたくしは現実と勘違いしてしまいました」

「待ってくれ、なんの話だ? 僕は、」

「今朝、といっても昼頃ですが、女医に言われましたの。子供を産めない身体だと。女医は怒らないでくださいましね。仕事をしただけですから。…もとより子供にすがるほど、学には困っておりませんし、産めなくとも陛下のお役にはたてると自負がございました。ですが…」

「…」

 言葉に詰まった。鼻がツーンと痛い。涙をこらえているのだと自覚して、ようやく黒いもやが晴れない理由がわかった。

 嫌われるのが、怖かったのだ。

 好きでもない、関心さえない誰かに捨てられるのはなんともない。無傷も同然だ。でも、もはや手遅れなほどにレオナルドを想っていたのなら、苦しいのは当たり前だ。

 馬車の中で、一生懸命私の好みを探りながら話してくれて、用意してくれた部屋はそこかしこに心配りが垣間見えて、私の髪色と同じアメシストのネックレスをくれて、似合っていると言ってくれて、血相を変えて探しに来てくれて、けがを案じてくれて。

 飄々としているのに芯があって、責任感もあって。今まで私の周りにお父様以外にまともな男性がいなかったからかもしれないけれど、かっこよくて。頭が切れて策士で、つかみどころがないように見えるのが、好きだった。でもそれはどうやら、幻だったようだ。

「ですが今のままでは、お役に立てそうにございません。亡命して、故郷もない身です。ノア様にすべてをご教授いただきますまで、しばしお時間をくださいまし」

「リリー、ちょっと待ってくれ」

「いいえ、待つ時間も惜しいですわ。無礼ではございますが、今日はこれでお暇させていただきます」

 レオナルドの静止を聞こえないふりをして、その場から離れた。我慢、我慢、と自分に言い聞かせ、部屋に急ぐ。メイドをすべて下がらせて部屋で一人きりになってから、力を抜いてベッドに沈んだ。ため込んだ涙は静かに、けれど大きく枕を濡らしていった。
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