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33.迎えに行こうか
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「時間を割いていただき、ありがとう存じます」
「…、話はなんだい?」
すっと下げた頭を上げて、逆光の中にレオナルドが見る。表情はわからなかった。小さく息を吐いて胸を張る。
「昨夜の醜態、心よりお詫びいたします」
「…」
「あまりにも幼稚な行動でございました。罰は甘んじてお受けいたします」
再び頭を下げて、しばらく沈黙が流れた。入った時には気づかなかったが、臣下50人が入れるほどに広い王の間に、レオナルドとその横に大宰相のノアがいるだけだ。侍女たちは外で待たせてある。
あくまで公の話ではないと、レオナルドはしたいのだろうと思った。
「ノア。デクリート帝国から親書が届いていたね。…持ってきてくれるかい」
ノアは一言も発することなく、部屋を出て行った。ぱたんと戸が閉まると、レオナルドが満を持してこちらへと来る。僅かな手の震えは、どうすることもできなかった。
「リリー。僕こそ、すまなかった」
ふわっとレオナルドの腕に包まれる。絞められているわけではないのに、動けない。
「いいかい。今から言うことは何の偽りもない。素直に受け取っておくれ。…昨日言ったことは事実だよ。そこは知っておいて。僕が君を選んだ理由に理性的な損得勘定があったことは否定しない。これも事実だ。でもね、どうやら僕は、」
抱きしめる腕に力が入った気がした。そんなことしなくても逃げはしないのに。
「君が…愛おしい。建前も理由も何もいらない。どうか、僕の隣で生きてくれ」
自信がないとでも言うように、語尾は消え入るように小さくなっていた。
レオナルドの言葉が信じられない。いや、言われたこと自体が夢かとまで思う。ぴったりつけた耳の先で、どくどくと少し早い拍を打つ心臓の音が現実だと告げてくれた。同調していくかのように、私の鼓動も早くなる。
「陛下、は口下手でいらっしゃるので?」
「え…、たぶんそうだね。昨日は本当に申し訳なかった。言葉が足りないばっかりに」
「何をおっしゃいますやら。わたくしが早とちりしてしまったのです。申し訳なさで頭が上がりません」
「…さっき、罰をと言っていたね。ではふたつ、申し渡そうか」
「何なりと」
跪いて言葉をもらいたいのに、レオナルドは離してくれなかった。仕方なく、そのままで耳を傾ける。
「ひとつ目。質問するから、虚偽なく答えて。…不妊のことは誰からどのように聞いた?」
「…昨日の朝、診察に来た女医からですわ。人間と獣人の子だから、子は望めぬと」
「そうか。なら、それは正しておこう。君がハーフだから産めないんじゃない。ただ、体質的にそうだっただけだよ」
「では、マキシマム殿下とシュリ―様は、」
「ああ。世継ぎの心配はない」
それを聞いて、胸のつかえが下りた気がした。婚約を勧めたことが間違っていなかったと、心から安堵する。
「では、ふたつ目。僕のことはレオと呼んでおくれ」
「え?」
「…できないかい?」
「いえ。…罰として、陛下を名で呼ぶことは…少し、」
嫌な感じがする。これでは嫌々呼ばせられているようではないか。
「ああ、そういうことか。なら、ふたつ目を変えよう。…君の気持ちを、聞かせてくれるかい?」
やっと離してくれたかと思えば、鼻が触れるのではというくらいの近さで、見つめられた。その視線が熱くて、いたたまれなくて、息が詰まる。言うまでは開放してやらないというレオナルドと思いが見え隠れして、固唾をのんで覚悟を決めた。
「お、お慕い…申し上げております」
「そっか。嬉しい」
再び抱きしめられて、今度は頬が重なった。だいぶ身長差があるのに、レオナルドはかがんで、私の頬と彼のそれを擦り合わせる。唐突なこと過ぎて、しばらく動けなかった。
「陛下」
突然の声に身体が跳ねる。いつの間にかノアが戻ってきていたらしい。
「それくらいで。こちらに親書をお持ちしました」
「…空気を読め」
「あと数時間で王都に着くようです。予定が押しております」
幼子が拗ねるように言ったレオナルドの言葉をノアはなんでもないかのようにあしらう。腹心の仲だからこそのものだろう。
「レオ様。ご政務へ、お戻りくださいませ」
「リリー、君…今」
「そう呼んでもよろしいようでしたので。貴重なお時間を、ありがとうございました」
レオナルドの拘束が解けて、私は柔く微笑んだ。しかし、手首をつかんだ手は離してくれそうにない。
「リリー、君も一緒に来ておくれ。デクリート帝国の馬鹿皇子がもうすぐ着くんだ」
そう言った直後、ノアが大袈裟に咳払いをした。
「…いいじゃないか、ノア。馬鹿は馬鹿だ」
「くれぐれも公の場で言ってくれるなよ」
「僕がそんな失敗したことあるかい? さ、リリー。迎えに行こうか。…君を手放した、馬鹿な皇子をね」
「…、話はなんだい?」
すっと下げた頭を上げて、逆光の中にレオナルドが見る。表情はわからなかった。小さく息を吐いて胸を張る。
「昨夜の醜態、心よりお詫びいたします」
「…」
「あまりにも幼稚な行動でございました。罰は甘んじてお受けいたします」
再び頭を下げて、しばらく沈黙が流れた。入った時には気づかなかったが、臣下50人が入れるほどに広い王の間に、レオナルドとその横に大宰相のノアがいるだけだ。侍女たちは外で待たせてある。
あくまで公の話ではないと、レオナルドはしたいのだろうと思った。
「ノア。デクリート帝国から親書が届いていたね。…持ってきてくれるかい」
ノアは一言も発することなく、部屋を出て行った。ぱたんと戸が閉まると、レオナルドが満を持してこちらへと来る。僅かな手の震えは、どうすることもできなかった。
「リリー。僕こそ、すまなかった」
ふわっとレオナルドの腕に包まれる。絞められているわけではないのに、動けない。
「いいかい。今から言うことは何の偽りもない。素直に受け取っておくれ。…昨日言ったことは事実だよ。そこは知っておいて。僕が君を選んだ理由に理性的な損得勘定があったことは否定しない。これも事実だ。でもね、どうやら僕は、」
抱きしめる腕に力が入った気がした。そんなことしなくても逃げはしないのに。
「君が…愛おしい。建前も理由も何もいらない。どうか、僕の隣で生きてくれ」
自信がないとでも言うように、語尾は消え入るように小さくなっていた。
レオナルドの言葉が信じられない。いや、言われたこと自体が夢かとまで思う。ぴったりつけた耳の先で、どくどくと少し早い拍を打つ心臓の音が現実だと告げてくれた。同調していくかのように、私の鼓動も早くなる。
「陛下、は口下手でいらっしゃるので?」
「え…、たぶんそうだね。昨日は本当に申し訳なかった。言葉が足りないばっかりに」
「何をおっしゃいますやら。わたくしが早とちりしてしまったのです。申し訳なさで頭が上がりません」
「…さっき、罰をと言っていたね。ではふたつ、申し渡そうか」
「何なりと」
跪いて言葉をもらいたいのに、レオナルドは離してくれなかった。仕方なく、そのままで耳を傾ける。
「ひとつ目。質問するから、虚偽なく答えて。…不妊のことは誰からどのように聞いた?」
「…昨日の朝、診察に来た女医からですわ。人間と獣人の子だから、子は望めぬと」
「そうか。なら、それは正しておこう。君がハーフだから産めないんじゃない。ただ、体質的にそうだっただけだよ」
「では、マキシマム殿下とシュリ―様は、」
「ああ。世継ぎの心配はない」
それを聞いて、胸のつかえが下りた気がした。婚約を勧めたことが間違っていなかったと、心から安堵する。
「では、ふたつ目。僕のことはレオと呼んでおくれ」
「え?」
「…できないかい?」
「いえ。…罰として、陛下を名で呼ぶことは…少し、」
嫌な感じがする。これでは嫌々呼ばせられているようではないか。
「ああ、そういうことか。なら、ふたつ目を変えよう。…君の気持ちを、聞かせてくれるかい?」
やっと離してくれたかと思えば、鼻が触れるのではというくらいの近さで、見つめられた。その視線が熱くて、いたたまれなくて、息が詰まる。言うまでは開放してやらないというレオナルドと思いが見え隠れして、固唾をのんで覚悟を決めた。
「お、お慕い…申し上げております」
「そっか。嬉しい」
再び抱きしめられて、今度は頬が重なった。だいぶ身長差があるのに、レオナルドはかがんで、私の頬と彼のそれを擦り合わせる。唐突なこと過ぎて、しばらく動けなかった。
「陛下」
突然の声に身体が跳ねる。いつの間にかノアが戻ってきていたらしい。
「それくらいで。こちらに親書をお持ちしました」
「…空気を読め」
「あと数時間で王都に着くようです。予定が押しております」
幼子が拗ねるように言ったレオナルドの言葉をノアはなんでもないかのようにあしらう。腹心の仲だからこそのものだろう。
「レオ様。ご政務へ、お戻りくださいませ」
「リリー、君…今」
「そう呼んでもよろしいようでしたので。貴重なお時間を、ありがとうございました」
レオナルドの拘束が解けて、私は柔く微笑んだ。しかし、手首をつかんだ手は離してくれそうにない。
「リリー、君も一緒に来ておくれ。デクリート帝国の馬鹿皇子がもうすぐ着くんだ」
そう言った直後、ノアが大袈裟に咳払いをした。
「…いいじゃないか、ノア。馬鹿は馬鹿だ」
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