婚約破棄? あなたごときにできると思って?

碓氷雅

文字の大きさ
33 / 38

33.迎えに行こうか

しおりを挟む
「時間を割いていただき、ありがとう存じます」

「…、話はなんだい?」

 すっと下げた頭を上げて、逆光の中にレオナルドが見る。表情はわからなかった。小さく息を吐いて胸を張る。

「昨夜の醜態、心よりお詫びいたします」

「…」

「あまりにも幼稚な行動でございました。罰は甘んじてお受けいたします」

 再び頭を下げて、しばらく沈黙が流れた。入った時には気づかなかったが、臣下50人が入れるほどに広い王の間に、レオナルドとその横に大宰相のノアがいるだけだ。侍女たちは外で待たせてある。

 あくまで公の話ではないと、レオナルドはしたいのだろうと思った。

「ノア。デクリート帝国から親書が届いていたね。…持ってきてくれるかい」

 ノアは一言も発することなく、部屋を出て行った。ぱたんと戸が閉まると、レオナルドが満を持してこちらへと来る。僅かな手の震えは、どうすることもできなかった。

「リリー。僕こそ、すまなかった」

 ふわっとレオナルドの腕に包まれる。絞められているわけではないのに、動けない。

「いいかい。今から言うことは何の偽りもない。素直に受け取っておくれ。…昨日言ったことは事実だよ。そこは知っておいて。僕が君を選んだ理由に理性的な損得勘定があったことは否定しない。これも事実だ。でもね、どうやら僕は、」

 抱きしめる腕に力が入った気がした。そんなことしなくても逃げはしないのに。

「君が…愛おしい。建前も理由も何もいらない。どうか、僕の隣で生きてくれ」

 自信がないとでも言うように、語尾は消え入るように小さくなっていた。

 レオナルドの言葉が信じられない。いや、言われたこと自体が夢かとまで思う。ぴったりつけた耳の先で、どくどくと少し早い拍を打つ心臓の音が現実だと告げてくれた。同調していくかのように、私の鼓動も早くなる。

「陛下、は口下手でいらっしゃるので?」

「え…、たぶんそうだね。昨日は本当に申し訳なかった。言葉が足りないばっかりに」

「何をおっしゃいますやら。わたくしが早とちりしてしまったのです。申し訳なさで頭が上がりません」

「…さっき、罰をと言っていたね。ではふたつ、申し渡そうか」

「何なりと」

 跪いて言葉をもらいたいのに、レオナルドは離してくれなかった。仕方なく、そのままで耳を傾ける。

「ひとつ目。質問するから、虚偽なく答えて。…不妊のことは誰からどのように聞いた?」

「…昨日の朝、診察に来た女医からですわ。人間と獣人の子だから、子は望めぬと」

「そうか。なら、それは正しておこう。君がハーフだから産めないんじゃない。ただ、体質的にそうだっただけだよ」

「では、マキシマム殿下とシュリ―様は、」

「ああ。世継ぎの心配はない」

 それを聞いて、胸のつかえが下りた気がした。婚約を勧めたことが間違っていなかったと、心から安堵する。

「では、ふたつ目。僕のことはレオと呼んでおくれ」

「え?」

「…できないかい?」

「いえ。…罰として、陛下を名で呼ぶことは…少し、」

 嫌な感じがする。これでは嫌々呼ばせられているようではないか。

「ああ、そういうことか。なら、ふたつ目を変えよう。…君の気持ちを、聞かせてくれるかい?」

 やっと離してくれたかと思えば、鼻が触れるのではというくらいの近さで、見つめられた。その視線が熱くて、いたたまれなくて、息が詰まる。言うまでは開放してやらないというレオナルドと思いが見え隠れして、固唾をのんで覚悟を決めた。

「お、お慕い…申し上げております」

「そっか。嬉しい」

 再び抱きしめられて、今度は頬が重なった。だいぶ身長差があるのに、レオナルドはかがんで、私の頬と彼のそれを擦り合わせる。唐突なこと過ぎて、しばらく動けなかった。

「陛下」

 突然の声に身体が跳ねる。いつの間にかノアが戻ってきていたらしい。

「それくらいで。こちらに親書をお持ちしました」

「…空気を読め」

「あと数時間で王都に着くようです。予定が押しております」

 幼子が拗ねるように言ったレオナルドの言葉をノアはなんでもないかのようにあしらう。腹心の仲だからこそのものだろう。

「レオ様。ご政務へ、お戻りくださいませ」

「リリー、君…今」

「そう呼んでもよろしいようでしたので。貴重なお時間を、ありがとうございました」

 レオナルドの拘束が解けて、私は柔く微笑んだ。しかし、手首をつかんだ手は離してくれそうにない。

「リリー、君も一緒に来ておくれ。デクリート帝国の馬鹿皇子がもうすぐ着くんだ」

 そう言った直後、ノアが大袈裟に咳払いをした。

「…いいじゃないか、ノア。馬鹿は馬鹿だ」

「くれぐれも公の場で言ってくれるなよ」

「僕がそんな失敗したことあるかい? さ、リリー。迎えに行こうか。…君を手放した、馬鹿な皇子をね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。 ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

処理中です...