婚約破棄? あなたごときにできると思って?

碓氷雅

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32.…行きましょう

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 朝日が差し込む窓はアルがカーテンを開けたせいでまぶしい。主と侍従という立場でアルの引いた一線を彼女が超えることはないが、時間には厳しく、言葉で起きろと言わないところがアルらしいと感じた。

「おはようございます。まずはお顔を…って、いかがなさったのですか!」

 ああ、気づいてしまったかと私は両手で顔を覆った。鏡を見なくとも、目の周りが晴れてしまっていることはわかる。昨日の夜、泣き疲れて眠るまで涙は流れていたのだ。腫れていない方がおかしい。

「すぐに温かいタオルを用意させます。どうかこのままで」

 アルは駆け足でほかの侍女に指示を出し、私はネグリジェを脱いでドレスに袖を通した。程よく熱いタオルを、ソファーに横たわった私の目にかけてくれる。人払いをさせ、ドアがぱたんと締まると、アルはそっと言った。

「私しかいません。何があったか、話してくださいますか。お望みとあらば、公爵様にお伝えすることはございませんし、刺客が必要でしたらご用意いたしましょう」

「振り幅が極端よ、アル」

 ゼロか百か、白か黒かしかアルの中にはない。どちらかはっきりさせるまで、動き続けるような性格をしている。私の命令には絶対だから、レオナルドに刺客を送るようなことはしないだろうと、半ば願うような気持ちで、私は昨夜のことを話した。

「…お嬢様。いえ、リリー様。一番上等な白粉おしろいを用意させますね。腫れは引いたとはいえ、やはり目立ってしまいましょう」

「アル?」

 すべて話し終えて、開口一番アルはそう言った。越権行為をしない、諫言すらも言葉では言ってくれない。でもその態度が雄弁に語っていた。

「…そうね。お願い。それから、陛下にもお伝えしてくれるかしら。お話がありますと」

「承知いたしました」

 音もなくアルは部屋を出て行った。私以外誰もいない部屋の沈黙が、私を責めるかのようで胸が苦しい。

 アルに話せば話すほど、なんと幼稚な行動だったのかと穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなった。いくら疲れていたとはいえ、いくらレオナルドに気を許してしまっていたからとはいえ、して良いことと悪いことさえ分からなくなるほどになっていたとは。どんな顔して会えばいいのかと頭を抱える。

 そうこうしているうちに準備が整い、アルが戻ってきた。

「王の間で待つ、とのことです」

「…行きましょう」

 侍従を十何人と連れて王宮内を歩く。何度も何度も深呼吸を繰り返した。緊張、だろうか。まるで初めて王宮に上がった時のような心地がする。

 大きく厚い戸の前に立つと、執事が私の訪問を告げる。開かれた部屋に、意を決して足を踏み入れた。
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