32 / 38
32.…行きましょう
しおりを挟む
朝日が差し込む窓はアルがカーテンを開けたせいでまぶしい。主と侍従という立場でアルの引いた一線を彼女が超えることはないが、時間には厳しく、言葉で起きろと言わないところがアルらしいと感じた。
「おはようございます。まずはお顔を…って、いかがなさったのですか!」
ああ、気づいてしまったかと私は両手で顔を覆った。鏡を見なくとも、目の周りが晴れてしまっていることはわかる。昨日の夜、泣き疲れて眠るまで涙は流れていたのだ。腫れていない方がおかしい。
「すぐに温かいタオルを用意させます。どうかこのままで」
アルは駆け足でほかの侍女に指示を出し、私はネグリジェを脱いでドレスに袖を通した。程よく熱いタオルを、ソファーに横たわった私の目にかけてくれる。人払いをさせ、ドアがぱたんと締まると、アルはそっと言った。
「私しかいません。何があったか、話してくださいますか。お望みとあらば、公爵様にお伝えすることはございませんし、刺客が必要でしたらご用意いたしましょう」
「振り幅が極端よ、アル」
ゼロか百か、白か黒かしかアルの中にはない。どちらかはっきりさせるまで、動き続けるような性格をしている。私の命令には絶対だから、レオナルドに刺客を送るようなことはしないだろうと、半ば願うような気持ちで、私は昨夜のことを話した。
「…お嬢様。いえ、リリー様。一番上等な白粉を用意させますね。腫れは引いたとはいえ、やはり目立ってしまいましょう」
「アル?」
すべて話し終えて、開口一番アルはそう言った。越権行為をしない、諫言すらも言葉では言ってくれない。でもその態度が雄弁に語っていた。
「…そうね。お願い。それから、陛下にもお伝えしてくれるかしら。お話がありますと」
「承知いたしました」
音もなくアルは部屋を出て行った。私以外誰もいない部屋の沈黙が、私を責めるかのようで胸が苦しい。
アルに話せば話すほど、なんと幼稚な行動だったのかと穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなった。いくら疲れていたとはいえ、いくらレオナルドに気を許してしまっていたからとはいえ、して良いことと悪いことさえ分からなくなるほどになっていたとは。どんな顔して会えばいいのかと頭を抱える。
そうこうしているうちに準備が整い、アルが戻ってきた。
「王の間で待つ、とのことです」
「…行きましょう」
侍従を十何人と連れて王宮内を歩く。何度も何度も深呼吸を繰り返した。緊張、だろうか。まるで初めて王宮に上がった時のような心地がする。
大きく厚い戸の前に立つと、執事が私の訪問を告げる。開かれた部屋に、意を決して足を踏み入れた。
「おはようございます。まずはお顔を…って、いかがなさったのですか!」
ああ、気づいてしまったかと私は両手で顔を覆った。鏡を見なくとも、目の周りが晴れてしまっていることはわかる。昨日の夜、泣き疲れて眠るまで涙は流れていたのだ。腫れていない方がおかしい。
「すぐに温かいタオルを用意させます。どうかこのままで」
アルは駆け足でほかの侍女に指示を出し、私はネグリジェを脱いでドレスに袖を通した。程よく熱いタオルを、ソファーに横たわった私の目にかけてくれる。人払いをさせ、ドアがぱたんと締まると、アルはそっと言った。
「私しかいません。何があったか、話してくださいますか。お望みとあらば、公爵様にお伝えすることはございませんし、刺客が必要でしたらご用意いたしましょう」
「振り幅が極端よ、アル」
ゼロか百か、白か黒かしかアルの中にはない。どちらかはっきりさせるまで、動き続けるような性格をしている。私の命令には絶対だから、レオナルドに刺客を送るようなことはしないだろうと、半ば願うような気持ちで、私は昨夜のことを話した。
「…お嬢様。いえ、リリー様。一番上等な白粉を用意させますね。腫れは引いたとはいえ、やはり目立ってしまいましょう」
「アル?」
すべて話し終えて、開口一番アルはそう言った。越権行為をしない、諫言すらも言葉では言ってくれない。でもその態度が雄弁に語っていた。
「…そうね。お願い。それから、陛下にもお伝えしてくれるかしら。お話がありますと」
「承知いたしました」
音もなくアルは部屋を出て行った。私以外誰もいない部屋の沈黙が、私を責めるかのようで胸が苦しい。
アルに話せば話すほど、なんと幼稚な行動だったのかと穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなった。いくら疲れていたとはいえ、いくらレオナルドに気を許してしまっていたからとはいえ、して良いことと悪いことさえ分からなくなるほどになっていたとは。どんな顔して会えばいいのかと頭を抱える。
そうこうしているうちに準備が整い、アルが戻ってきた。
「王の間で待つ、とのことです」
「…行きましょう」
侍従を十何人と連れて王宮内を歩く。何度も何度も深呼吸を繰り返した。緊張、だろうか。まるで初めて王宮に上がった時のような心地がする。
大きく厚い戸の前に立つと、執事が私の訪問を告げる。開かれた部屋に、意を決して足を踏み入れた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。
ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる