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〈にぼし〉に着いて、冬木の座るテーブル席、彼の目の前に座ってしまってから、俺は今の自分の格好のことを思い出した。

ほら、冬木がくちごもってる。

オレだって恥ずかしいけど、駅に戻って着替える余裕はなかった。
致し方ない。
チャラいちんぴら姿のまま、胸を張って精々カッコつけることにした。

サングラスを外し、汗で張り付いた前髪をかきあげ冬木に顔を突き出して見せる。

こいつはオレの顔面に弱いからな。

「顔赤いけど食べすぎた?」
と聞いて、自分が平常心に戻っていることに気づき戸惑う。

(なんだ? その質問)
と自分で自分にツッコミを入れる。

平常心の口調とボリュームに戻っていた。口に出して、話してみるまでわからなかった俺自身の変化。

たってさ、さっきまで荒れに荒れていたんだ。

オレというものがありながら(単なる幼馴染で単なる先輩後輩の間柄だ。客観的事実を言ってしまえば)オンナを抱いたかと思うとはらわたが煮え繰り返る。
そのオンナを今すぐ引き裂いてもう二度度冬木に触れたりできないようにしてやりたい。
コイツは俺のものだとこの店で飲み食いしてる客全員に大声で言ってわからせてやりたい。

そういう全部が、嵐のような怒りが、冬木を目の前にしたら、風に吹かれた風船みたいにふわふわと空の彼方へ飛んでいってしまった。

オレの問いに目をしばしばさせていた冬木は、

「……っ。つーか、ちょっと思い出しただけ……」

と答え、デコに拳を当てて何かを耐えるように、くねくねと身をよじらせている。

(思い出した?)

何をだよ!!

久々に会う冬木を目の前に、平常心を取り戻したと感じたのは気のせいだったらしい。

キイッとまなじりを吊り上がるのが、自分でわかった。
冬木はクネクネするのに忙しくて俺の表情の変化に気づいていない。
まぁ、そうだよな。
えっちの後だから満ち足りてるんだろうよ!

「そういえば冬木、カノジョできたんだって? 今日は一緒じゃないの?」

ニコッと、笑顔で聞いてみた。


惚気のろけてみろ。

一生、オレの部屋に監禁してやる!


さっきまで静かになってた心の中の俺がギャアギャア騒ぎ出す……。

「え……知ってんの。洸夜居なくなっちゃったし、なんつーか寂し……じゃなくて、暇? そしたら告白されて。そういやまわりみんな彼女いるしさ。そっか、付き合うのもアリなのかな、とか思ってさー……」

「へぇ?」

「今日も実はデートだったんだけど」



びくん、と冬木の両肩が跳ね上がる。

「!」

「耳、赤いけど。どうした?」

「と、とにかく。カノジョにはフラれるし。洸夜居ないわでやけ食いしよーってここに来たんだけど」

冬木が目を泳がせた。
なんだ?
まだ、隠したいことがあるのか?
とモヤッとなったオレをテーブルに残して。

「会えて、俺、めっちゃ嬉し……やば。ごめん、ちょっと外す」

そそくさと若干挙動不審な仕草で、立ち上がった冬木は、店の奥にある個室(トイレ)へ行ってしまった。

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