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そう指摘されて私、ぐう……唇を引き結んだ。
書いたよ。書きましたよ。だってそれ書かないと配属決まらないって言われたから。
一、職務の内容は家族にも一切他言無用。
一、慰労係に入ったのち、他部署への配置転換は認められないものとする。
一、業務内容を漏らした場合、即時解雇とする。この場合誓約に違反したとして退職金は支払われない。
正直、(誓約書?)って思ったけどさ。
「ウチの部署、クビ切り無いよ」って言われたら……奨学金と借金の返済が生活上の急務になっている私としては、クビにならないっていうのは魅力的以外の何者でもなかったんだ……。
私たちが座っているテーブルは観葉植物がちょうど仕切りのようになっていて入り口からはぱっと見、見えない席。(給仕の人が私たちを案内しようとした時、ここがいいってごねたから店員の目が少しだけ痛い)課長は最近買った家のローンと娘さんの反抗期に頭を悩ましている四十代。ローンか、つまり借金だよね。他人事じゃない。私(ありていに言えば男に貢いだ)よりずっと前向きな意味合い(家族のためだもの)の借り入れというだけで偉いなって思うよ、課長……。悩みが深いのか最初会った頃より頭髪が寂しくなったように見えるのは多分気のせいじゃない。まだ禿げるのは早いよね……ちゃんと歳を聞いたことはないけど。何ていうかちょっぴり気の毒だ。
私の横に座っている氷雨先輩は私より三つ上の二十六歳。この人、いつも眠そう。シャッキリ目を開いてるとこ、見たことないもん。いっつもネクタイは緩んで曲がってるし、首元のボタンは二つも外してくつろげてるしさ。骨張った鎖骨をチラ見せして無駄に色気を放出してるんだ。ただ、外見はだらしないけど、口元に何とも言えない愛嬌があって、時折見つめてくる榛色の瞳にドキッとさせられちゃう……これでちゃんとした格好してればモテるタイプなんだろうけど。
対象との待ち合わせまでまだ少し時間があった。何となしに店内の時計を見上げた時、不意に先輩と目が合って……反射的に耳につけた赤いピアスを触ってしまったのは、それをくれたのが氷雨先輩だったから。
一週間前の昼休み、デスクでコンビニ弁当を食べていた私の頭に、先輩がコツンと押しあてた小箱。中には、薔薇色の宝石がうるっと輝く、すてきなピアスが入っていた。
びっくりした。だって、そんな仲じゃない。
私の口から食べかけの唐揚げが落ちてコロンと白いご飯の上に着地した。(床に落とさなくて良かったー)と思う間もなく、伸びてきた手が私の歯形のついた唐揚げを取り上げ、先輩ったらパク、と食べてしまった。自分の手の中にあるピアスの小箱とモグモグと動く先輩の口を交互に見る。先輩は普段通りとろんとした顔で、何考えてるんだかさっぱり分からなかった。おもむろに、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し指についた脂を拭いて、じゃあ、とどこかへ行こうとした先輩のシャツを慌てて掴んだだけでもえらいと思って欲しい。
「なんですか? これ」
と聞いたら、わざとらしく片眉上げた先輩に聞き返された。
「は? 見ればわかるでしょ。ピアス」
「……はあ」
(だ・か・ら、どうゆう意味で私にこれをくれたのかって聞きたいんですけど!)
頭の上にはてなマークが盛大にくっつけてたら、「あ、そうだ」と言った先輩が近寄ってきて、私の横の髪を掬い上げると耳にかけた。先輩の喉仏がやけに近かった。状況が飲み込めてない私がぼうっとしてたら、先輩ってば露になった私の耳たぶをツン、って突いてきたんだ!
「……ンっ!」
昔から耳は弱いの……鼻から抜ける変な声が出てしまったのは私の意思じゃない。
先輩の親指と人差し指が私の耳たぶ挟んで何かを探すように交互に動く。背中が。ぞわ……と粟だって、頬が熱くて仕方なかった。心臓が勝手に宇宙遊泳してる感じ。多分先輩の目には顔を真っ赤にした私が映っていたことだろう。
「イズっちゃん、穴、開いてるよね? これ、今着けて。すぐ着けて」
急かされるまま、ピアスを着けたら、
「絶対外すなよ?」
って、言われた。
「え? でも、流石にお風呂では外しますよ?」
そしたらデコピンされた。
「バーカ」
「痛い」
「着けっぱなしオッケイなヤツだから、それ」
先輩はそう言うと、硬直したままの私を放置してすたすたと行ってしまったんだ……。
先輩が人事課のフロアを突っ切って姿が見えなくなってから私は重ねた両手で胸を押さえた。うるさい心臓の音が静まるまで待って、スマホを出して〈異性にピアスを贈る意味〉って検索をした。
——ピアスを贈る意味——〈①独占欲〉〈②なんの意味もない〉
って、どっちよ!?
……いつも私のことガキンチョ扱いしておいて〈①独占欲〉とかある? ない、ない! やっぱり〈②なんの意味もない〉だよね……。
書いたよ。書きましたよ。だってそれ書かないと配属決まらないって言われたから。
一、職務の内容は家族にも一切他言無用。
一、慰労係に入ったのち、他部署への配置転換は認められないものとする。
一、業務内容を漏らした場合、即時解雇とする。この場合誓約に違反したとして退職金は支払われない。
正直、(誓約書?)って思ったけどさ。
「ウチの部署、クビ切り無いよ」って言われたら……奨学金と借金の返済が生活上の急務になっている私としては、クビにならないっていうのは魅力的以外の何者でもなかったんだ……。
私たちが座っているテーブルは観葉植物がちょうど仕切りのようになっていて入り口からはぱっと見、見えない席。(給仕の人が私たちを案内しようとした時、ここがいいってごねたから店員の目が少しだけ痛い)課長は最近買った家のローンと娘さんの反抗期に頭を悩ましている四十代。ローンか、つまり借金だよね。他人事じゃない。私(ありていに言えば男に貢いだ)よりずっと前向きな意味合い(家族のためだもの)の借り入れというだけで偉いなって思うよ、課長……。悩みが深いのか最初会った頃より頭髪が寂しくなったように見えるのは多分気のせいじゃない。まだ禿げるのは早いよね……ちゃんと歳を聞いたことはないけど。何ていうかちょっぴり気の毒だ。
私の横に座っている氷雨先輩は私より三つ上の二十六歳。この人、いつも眠そう。シャッキリ目を開いてるとこ、見たことないもん。いっつもネクタイは緩んで曲がってるし、首元のボタンは二つも外してくつろげてるしさ。骨張った鎖骨をチラ見せして無駄に色気を放出してるんだ。ただ、外見はだらしないけど、口元に何とも言えない愛嬌があって、時折見つめてくる榛色の瞳にドキッとさせられちゃう……これでちゃんとした格好してればモテるタイプなんだろうけど。
対象との待ち合わせまでまだ少し時間があった。何となしに店内の時計を見上げた時、不意に先輩と目が合って……反射的に耳につけた赤いピアスを触ってしまったのは、それをくれたのが氷雨先輩だったから。
一週間前の昼休み、デスクでコンビニ弁当を食べていた私の頭に、先輩がコツンと押しあてた小箱。中には、薔薇色の宝石がうるっと輝く、すてきなピアスが入っていた。
びっくりした。だって、そんな仲じゃない。
私の口から食べかけの唐揚げが落ちてコロンと白いご飯の上に着地した。(床に落とさなくて良かったー)と思う間もなく、伸びてきた手が私の歯形のついた唐揚げを取り上げ、先輩ったらパク、と食べてしまった。自分の手の中にあるピアスの小箱とモグモグと動く先輩の口を交互に見る。先輩は普段通りとろんとした顔で、何考えてるんだかさっぱり分からなかった。おもむろに、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し指についた脂を拭いて、じゃあ、とどこかへ行こうとした先輩のシャツを慌てて掴んだだけでもえらいと思って欲しい。
「なんですか? これ」
と聞いたら、わざとらしく片眉上げた先輩に聞き返された。
「は? 見ればわかるでしょ。ピアス」
「……はあ」
(だ・か・ら、どうゆう意味で私にこれをくれたのかって聞きたいんですけど!)
頭の上にはてなマークが盛大にくっつけてたら、「あ、そうだ」と言った先輩が近寄ってきて、私の横の髪を掬い上げると耳にかけた。先輩の喉仏がやけに近かった。状況が飲み込めてない私がぼうっとしてたら、先輩ってば露になった私の耳たぶをツン、って突いてきたんだ!
「……ンっ!」
昔から耳は弱いの……鼻から抜ける変な声が出てしまったのは私の意思じゃない。
先輩の親指と人差し指が私の耳たぶ挟んで何かを探すように交互に動く。背中が。ぞわ……と粟だって、頬が熱くて仕方なかった。心臓が勝手に宇宙遊泳してる感じ。多分先輩の目には顔を真っ赤にした私が映っていたことだろう。
「イズっちゃん、穴、開いてるよね? これ、今着けて。すぐ着けて」
急かされるまま、ピアスを着けたら、
「絶対外すなよ?」
って、言われた。
「え? でも、流石にお風呂では外しますよ?」
そしたらデコピンされた。
「バーカ」
「痛い」
「着けっぱなしオッケイなヤツだから、それ」
先輩はそう言うと、硬直したままの私を放置してすたすたと行ってしまったんだ……。
先輩が人事課のフロアを突っ切って姿が見えなくなってから私は重ねた両手で胸を押さえた。うるさい心臓の音が静まるまで待って、スマホを出して〈異性にピアスを贈る意味〉って検索をした。
——ピアスを贈る意味——〈①独占欲〉〈②なんの意味もない〉
って、どっちよ!?
……いつも私のことガキンチョ扱いしておいて〈①独占欲〉とかある? ない、ない! やっぱり〈②なんの意味もない〉だよね……。
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