総務部人事課慰労係

たみやえる

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 丸山さんは生姜焼きを頬張ると、大きく頷いた。

「あー、それね。学生時代の子と会うと、そうゆう話になるわ。仕事、変えた方が良いのかなって。結局辞める勇気なんてないのにね」

 ……そもそも論で悩んでいるのは私だけじゃないらしい。

「丸山さんは? そんなふうに迷ったり不安になったりしないの?」

「仕事選べるほど優秀じゃないもの」

 肩をすくめてそう言った彼女の言葉に私は、(ごもっとも……)と、ぐうの音も出ない。

「いっそさ、いい給料貰ってる男捕まえて、結婚退職できたらなぁ」

「だよね!」

 丸山さんがうんうんと頷く。

 それだけのことなのに無性に嬉しかった。

 課長や氷雨先輩相手じゃ、こんな話で盛り上がれない。

「でもなー。今日日きょうび結婚したからって仕事辞められないよね」

と鯖の煮付けを再びつつきながら私が言うと、
「専業主婦って夢だよねー」
と丸山さんが返した。

 そう。まさに専業主婦! それこそ今私が狙っているポジションなのだ。千賀氏を射止めて、お金の心配ナッシングで、メシ・風呂・テレビの優雅な生活がしたい。寝ていても奨学金とカードローンの返済日が夢の中に出てくるなんていう惨めな生活とおさらばしたいの! そのための方法が結婚だなんて、他人ひとの口からあらためて聞くと、自分が姑息で恥ずかしくなるけれど。だから、思わず、

「……専業主婦かぁ。いいなって思うけど、料理、得意じゃないしなぁ」

って、ちょっと冷静になってしまった。すると丸山さんは、

「そこはさ、惣菜買ってお皿にそれなりに盛って誤魔化すわけよ」
と言った。

 その発言に驚いた私が「ひぇっ」とおかしな声をあげると、

「おかしい?」

って、聞き返してくるんだもん。びっくりしちゃった。姑息どころかいっそ清々しい。私は苦笑いした。

「愛がないなー」

「愛じゃないよ。安定と金が全て」

「え? そういうもん? 殺伐としすぎてない?」

「うち、親が家庭内離婚なの。結婚なんて人生の墓場って場面を、十代のうちに散々見てきたから、夫婦愛とか期待してないわ。いざとなったらあてになるのは金よ、カネ」

「ははは……」

 乾いた笑いしか出てこない。自分の都合のために千賀氏を落としたい私が言えることじゃないけど、結婚に夢見る気持ちは失いたくないなぁ、と思った。

「高給取りでフリーなのが誰か分かるなら、迷わずアタックしちゃう」

「……人事データ見たらある程度わかるかな?」

「あはは。そんなの無理、無理。人事データにアクセス権ある人っていったら部長以上でしょ? それにそのひとがフリーかどうかまで、人事データに書いているはずないわ」

「そ、そうだよね。変なこと言っちゃった。忘れて、忘れて」

 そう喋りながら私、(ん?)って思った。

(部長以上って……)

 ……課長と氷雨先輩は、人事データ見たって言ってたけどなー。当たり前だけど二人とも部長じゃない。丸山さんの言う通りだと人事データにはアクセスできないはず……どゆこと?

 うーん……全っ然わからない。

 そのうちお昼を食べ終わって、取り留めもない私たちの愚痴合戦も幕を閉じた。午後はちゃんと仕事しようと自分に言い聞かせて食器の乗ったトレイを持ち上げたその時。私の肘がちょうど後ろを歩いていた誰かに当たってしまった。


 あっ、と思った時には床にお椀もお皿も転がっていて……。飲み残していたお茶や鯖の味噌煮の残り汁やらが私のスカートに足に床に、悲惨なマーブル模様を描いていた。

「あちゃー」

 とりあえず何か拭くものを、とあたりを見回した私は(あれ?)首をかしげた。いつの間にか丸山さんの姿が消えている。というか、周りで食事している人たちの会話も聞こえない。さっきまでガヤガヤしていたはずなのに。嫌な予感に、そろそろと顔を上げると……。

「~~っ!」

 私驚きすぎて、多分ほんとに飛び上がってたんじゃないかって思う。

 だって、怒りで顔を赤黒く張らせて私を睨んでいる男性が、あっと思うくらい近くに立っていたから。

 いかにも中年の管理職って感じ。テラテラと脂の浮いた額に青筋が浮いていた。社食には不似合いなくらい仕立てのいい上品なシルバーグレーの三つ揃えを着てる。そしてあろうことか、その素敵な生地のまさに股間のあたりに、ぽつりと茶色いシミがついていた。半径一センチ行くか行かないくらい。小さくない? でも、スーツが明るい色だから、場所が場所だけについそこに目が行く。味噌だれとお茶でどろどろの私と比べれば、ホント軽い事故なんだけどねっ。


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